back to TOP

admin |  RSS
th_186B6232-84C4-4EEC-A3EB-24B53FD21716.jpg


物語の始まりは自然なほうがいい
出来たらひとも登場しなくていい

音もかすかに聞こえる程度で
絹の雲が移ろう空

一夜が明け澄みきった空気に
常温の水のような感触の朝


そんな朝を描けたら
物語の始まりとして理想的だ





th_IMG_4787.jpg

この写真を撮ったのはいつ頃だったろうか。
確か20年くらい前だったと思う。

6×6フォーマットカメラにブローニーのモノクロフイルム、
当時は左側のポケットに未撮影のフイルム、
右側のポケットに撮影済みのフイルムをいれて、
カメラバッグの重さにもめげず街を歩きまわっていた。

12枚を区切りに、路地裏や日陰でひと息つく。
このフイルム交換作業は一見地味で面倒なようだが、
自分にとっては大切な儀式のような気がしていたのを覚えている。

デジタルの今になってもフイルムこそ使う機会は減ったが、
それほど状況は変わっていない。


話を写真にもどすと、
この左岸にあったレストランの店名表示を撮ったのは、
確か明け方から歩きまわって
かなり疲れていた時間だったと思う。

ガラスに反射した背景と浮き上がる店名。
今ではプリンターで出力したシート文字をよく使うが、
当然ながらこの文字は職人による手描き文字だ。


タイポグラフィは書体とレイアウトが
その創られた時代によって息づいている。

飲食店も様変わりするので、撮影当時のこの文字は
もう残っていないかもしれないが、
そのとき感じた何とも言えない文字の美しさに、
しばらくその場で見惚れていたことだけは今も記憶している。




th_IMG_3189.jpg


別の世界へ繋がるもうひとつの扉。
そういう扉があったらいいなと多くの人が
想像してきた。


ハリーポッターの駅構内の柱、ドラえもんのどこでもドア、
そして村上春樹氏の小説にも登場する異次元への入口。
それは肉体とは別の精神的な欲求の彷徨いかもしれない。

睡眠中に現れる夢の世界は意図したものとは無関係に出現するが、
それも現実の世界とは違う別のステージなのだろうか。


物心のついた頃から、人は死んだら何処へ行くのかと
考えることがよくあった。

死ぬということは普段の睡眠からずっと覚めずに、
そのまま眠った状態が続くことなのだろうか。
いや、身体の細胞が全て静止すると当然脳の動きも止まり、
電源が切れるようにそれまで脳に現れていた画面がプスっと
切れるということなのか。


生きている現在、回答は得られないままだが
いずれその時は訪れる。

出来れば現れてほしくない扉もある。





th_IMG_4486.jpg


「世界で一番美しい街はどこだい?」
王妃は並べられた銀器に問いかけた。

「はい、それは白雪姫の住むパリです。」


とでも言いたくなるような磨かれた銀器のディスプレイ。


いつも思ってしまうのは、こうした銀器は
その輝きを保つために美しく磨かれていることが大切だ。
それには維持してくれる使用人を雇えるひとが持つべき
品々ともいえる。


次に生まれてくるときには、果たしてこうした
銀器が自分の食卓にあるだろうか。

銀器に問いかけてみようか。




th_IMG_4780.jpg


もしあなたがパリへ行く機会があり
数時間の余裕があるのなら
Victor Hugo通りの「ボワシエ」を訪ねてみてほしい

1827年 Bélissaire Boissierによって
創業されたパティスリーメゾンである


伝統的な絵柄やテーマカラーであるシアンブルー
美しい化粧品のようなパッケージに入れられた
砂糖菓子やショコラそしてマロングラッセは
この店の歴史とともに愛され続けた逸品だ

季節に実った果実と無色透明な砂糖の結晶が
パティシエによって見事にアレンジされ
口の中で華やかなアンサンブルが響きわたる


数十グラムにこめられた甘い夢


そんなひとときの幸せも時には必要だ





th_IMG_4400.jpg


左右対称(シンメトリー)という魔力ともいえるバランスに
私たちはどれだけ翻弄されてきたのだろうか。

私たちを取り巻く自然界に左右対称のものなどあるだろうか。
一見対称的に見えるものも、正確には対称でないことが多い。

人は皆、左右対称に憧れ、そこから安定感を得ようとする。

しかし一方で不均衡であるが故に、それを修復しようとして
努力し何らかの力を発揮することもある。


5対5というバランスでなくていい。
それらが調和のとれた力で、全体のバランスがとれるなら
4対6や3対7でもいい。
ただどうしても不安と誘惑がつきまとい5対5に終着する。
そんな悩みに私たちは常に直面している。


左右対称の典型例は公共の建物だろう。
中でも宗教関連の建物は、そこに確固たる威厳や神聖な安堵感を求める
理由から殆どの建物がシンメトリーに設計されている。



美術作品でも左右対称のものを数多く見ることができるが、
意図して全てを対称にしていないことがある。


そこには「人が創るものの世界」から、
「創ることのできない自然の世界」へ到達する
入口があるような気がする。





th_IMG_4277.jpg


新聞紙の片隅に載っていた同姓同名のひと。
そこには確かに同じ名前が記されていた。

内容から直ぐに別人だとわかったが
一瞬の心の動揺がいつまでも消えなかった。


いま、何処で何をしているのか。
数十年前のあの頃が思い浮かぶ。

「あなたはいつもそう、もう少し周りを気にして歩けないの。」

よくそんなことを言われていた。

普段はジーンズ姿の彼女が、ふたりで映画を観たとき、
水色のワンピースを着ていたのを覚えている。


6月。 道端でムクゲの花が風に揺れていた。





th_IMG_3686.jpg

仏領ポリネシア
「タヒチ」と呼ばれるその島々へ
自分の求めるものと出会うため
ひとりの画家が旅立った

1891年のことである

ポール・ゴーギャン

志を共にした仲間たちとの別離
果てしない海との会話
椰子の木の間に思い浮かぶ故郷パリ
腕の中で眠るタヒチ女性の横顔
繰り返す波の音

それまでの苦悩は捨てきれたのか
これからの希望は見いだせたのか

どれほどの時間 自身と向き合ったのか
どれほどの時間 夢を浮かべただろうか


その答えが一枚の絵として残された
絵のタイトルは

「我々は何処から来たのか 我々は何者か 我々は何処へ行くのか」

画面には楽園に刻まれた刺青のように
象徴的な人物像とタイトルが記される


絵とともにこの世を去ろうとした画家
しかし画家にはその後も苦悩の道が与えられた


タヒチで描かれたゴーギャンの絵画
それは波のように
繰り返し今も私たちの胸に響く




th_IMG_4199.jpg

「香水はキスしてほしいところにつけるもの」
そう言ったのはガブリエル・シャネル。

この見えない装飾品に、あなたはどれだけ価値を
見いだせるだろうか。

一般的な1/2オンス (15ml)の香水で
ブランドにもよるが数万円という価格である。
決して安いとはいえない。


歴史をたどるとエジプト文明の昔から
香水は存在していたという。
用途は今とは違っていたはずだが、
古代から使われていたということが意味深い。

私たちが現在目にする、アルコールをベースにした香水は
ハンガリー王女エリザベートがはじめて作ったとされている。



香水を纏うという言葉にもあるように
それは女性が身につけるベールのようにも思える。

目に見えないベール。


紫陽花の咲く季節。
風が運んだ個性的な香りに偶然出逢えたら、
素敵かもしれない。




 【No.159】秘密  2018/05/23 (Wed)
th_IMG_4677.jpg


こころにしまい言葉にださない

そうしたほうがよいこともある

それがどうしても辛いときは

花にそっとうちあける

花はそのことを誰にも告げず

細い茎にしまいこむ

花が実をむすぶころには

風に運ばれ消えていく





th_IMG_4679.jpg


レイモン・ペイネといえばメルヘン。
その絵には愛に包まれた恋人たちが登場する。

とかく苦しい環境や不幸な出来事が絵の題材として
取り上げられやすいものだが、ペイネの絵には
それらを乗り越えた先にある「幸せ」が
軽いタッチで描かれている。

「自分たち夫妻が、ペイネの恋人たちのモデルである」
そう語ったペイネ。


1999年逝去。90歳という年月は、
彼にとって幸せなことばかりではなかったことだろう。


いつの日も悲惨なニュースを目にする度に
心を癒してくれるペイネの温かな眼差し。

それは天使のように偶然舞い降りる。




※Raymond Jean Peynet 1908年11月- 1999年1月)
フランスのイラストレーター、漫画家。




th_IMG_3534.jpg

何処へでも飛んでいける
カモメはそう思った

川沿いに続く遠い海辺
昨日いた船着場

何処へでも飛んでいける
いのちは自分のものだから


ただ忘れてはいけない

時折振り返ることを
羽が折れ飛べなくなる日のことを
休める場所など多くはないことを


あと20秒で飛び立とう
ここではない何処かへ





th_IMG_3451.jpg


deux chevaux.
かつてこれほどフランスらしい車があっただろうか。
それは1948年から42年もの間生産され続けたことこそ、
最も愛された証だろう。


第二次世界大戦、ナチス・ドイツの侵攻を受け
国土の北半分が占領地となったフランス。

開発途上だったこの車をナチスの手に渡さないため、
試作車は1台を残して破壊され、
工場の壁や地中に埋められたものもあったという。


歴史に翻弄されつつ1948年、
シトロエン2CVはパリのモーターショーで
発表されることになる。

発表当時の評価は聞くに耐えないほど悪評もあったらしいが、
70年が経った今、再評価をしていいほど印象的なデザインだ。



この車が開発された由縁は田舎の農業生活への適合だった。
開発条件のひとつで面白いのは
「おとな二人と50kgのジャガイモまたは樽を載せて走れること」
というのがある。

先日パリで懐かしいこの車にかなり大柄の老夫婦が乗っていたのを見かけた。
確かにその条件は満たしているように見えた。





 【No.155】Menu  2018/05/06 (Sun)
th_IMG_4059.jpg


それはこれから提供される料理のプロローグである


そこに記されているのは単なる品書きではない

素材のバランス、季節の共有、技の演出、
そして調理人の策略が披露される


この扉の向こう側で待ち受ける数時間の体験を
まずは想像して感じること


二皿目が頭に浮かんだら
扉に手をかける

デザートまで浮かべるのは野暮だ
誰しもフィナーレがどうなるかは考えたくない



さあ 演目はお楽しみいただけましたか





 【No.154】MÉTRE  2018/05/01 (Tue)
th_IMG_4504.jpg


1796年2月。時はフランス革命で混沌とした時代である。

パリ ヴォージラール通りの一角では役人と見られる紳士が、
集まった人々に声高く宣言し始めた。

「諸君、この場所に輝かしきフランスの栄光と世界共通の数学発展に寄与するため、本日メートルの標準器を設置する。」

その場に居合わせた人々は、はじめ不思議なものを見るように囲んでいたが、
しばらくすると、それぞれ標準器に手や腕をあわせては顔を見合わせた。

「これがメートルという長さなのですか」一人が声を上げた。

「そうだ、この場所のほかにパリ市内に16箇所これと同じものを設置する。
諸君はこれから、このメートルという単位を基準としてそれぞれの生活に
役立てるように。」

冷やかしながら話すひとの中には、この下に寝転んで長さを確認するものまでいた。




というのは作り話だが、たぶん似たような状況で
このメートル標準器が設置されたのではないだろうか。


普遍的な基準を作るため18世紀末にフランスでつくられたMÉTRE基準。
多くの人々はそれまで親しんだ基準を簡単に乗り換えられなかったため、
新しい基準を広めるためにパリ市内にはメートルの長さを示した原器が
設置された。


パリに現存するものは2箇所、もうひとつはヴァンドーム広場近くにあるが、
こちらは元の場所から移動されており、当時の設置場所のまま残っているのは
このヴォージラール通りに面したアーケードにあるものだけだ。



200年前に遡り、歴史の扉を開くのもわるくない。

「こいつがメートルって長さなんですか?」





th_IMG_4495.jpg


その音をはじめて聴いたときは
楽器というより、ひとの歌声を聴いている気がした。

イツァーク・パールマンの奏でる音色には
いつも楽器の音を超えた感情表現が身体に伝わる。

もちろんそれは彼のストラディヴァリウスをもって
叶えられているというのも事実である。


映画シンドラーのリストでは映像とのかけ合いが見事だった。
パールマン自身はイスラエル出身で、
両親はポーランドから移住したユダヤ系理髪師だ。
ことさらこの映画には思い入れがあったのだろう。
哀愁をおびた演奏が心に響く。



寒い朝、パールマンを聴きながら
カメラを片手に遠くを見つめる。

景色の向こう側には、
忘れかけていた若き日の自分が蘇る。

それはもどることのできない邂逅だ。


同じ場所、同じアングルでカメラを向ける。
何かが違っている。
おそらく被写体は変化していないのかもしれないが、
時間軸が違っている。
撮る側の意識が違っているということなのだろうか。
いやカメラそのものもフィルムからデジタルへ変わっている。

フィルム撮影にはレコード盤にも似た粒子の輝きを感じていた。
時に荒々しく、地引網のように予想外の結果もあるが、
そこには獲物を捕らえる手応えがあった。


時代おくれの邂逅とパールマン。


目の前をワイヤレスイヤホンを付けた若い女性が通り過ぎる。
時計はまもなく、午前10時になろうとしていた。





th_IMG_4261.jpg


こちらの建物は相当に立派なお屋敷で、年代もまたさぞかし古い。
真ん中の円形には女性像が飾られている。

よく見ると、像の下にある円には名前と年代が記されていた。
かつてこちらの城主だったひとだ。

MARIE DE MEDICIS
MDCXXV

マリー・ド・メディシス
1625年とある。

ルイ13世の母であり、はるばるイタリアのメディチ家から
フランスへ嫁いできた王妃だ。
ここは、パリ リュクサンブール宮殿。



彼女が改築した宮殿の内装は、
幼い頃過ごしたフィレンツェのピッティ宮殿がモチーフに
なっているといわれている。
この城を誰よりも愛していたに違いない。

しかし王妃という立場は時代に翻弄されることになる。
想いとは裏腹に最期までこの城に残ることはできなかった。

フランスを追放された後、彼女はドイツのケルンで他界した。




そんな歴史とは無関係にリュクサンブール宮殿の庭園(公園)へは
今日も多くの人々が訪れている。

ジョギングするひと、散歩する老夫婦、子どもを連れた家族。


雲の上から、マリーはどんな想いで
今の私たちを見つめているのだろうか。





th_IMG_4493.jpg

Rue du Gabon
それはパリといっても境界線に近い街はずれの場所。
この道を進み大きな通りを渡るとVille Bel-Airという場所に続いている。
1860年、線路沿いに開発された美しい住居地区だ。


ひと組の親子が通り過ぎる。

東京でよく見かける学習塾に通う子どもがひとりで歩いている風景は、
パリにはない。必ず親が同伴している。

大人と子どもの区別、親が子どもを守る責任が
そこには明確に存在している。

パリの子どもは自分がそうされたように、
自分が大人になり子どもができたら同じことを繰り返す。

自由とは何かを重んじる国だからこそ、
自由の裏側にある責任感を大切にしている。



やがて時が移り、手を引かれている子どもが親になる日が
くるかもしれない。

果たしてその時代にこうして同じ風景を見つめることは
出来ないかもしれないが、いま眼の前にいるこの親子の姿を
いつまでも記憶に留めておきたいと想った。





th_IMG_4443.jpg


ロダンは数多くの作品を手がけた


そして広大なアトリエには
多くの弟子たちもいた

アトリエから続く庭で
弟子たちは自身について考えただろうか

自分に光が当たることはあるのか

光の射す中心に立つロダンを
彼らはどんな眼差しで見つめていたのか



白い石の彫刻
それは光が射し込むことで
陰がディテールを映し出す

そしてその陰影のなかにこそ
作家が追いもとめる
内面からのメッセージがある


名もない多くの弟子たちが
長い時間をかけ創り上げた
「ロダン」という人物像


斜めから降りそそぐ陽ざしのなか
ロダンの庭でそんなことを思った





th_IMG_4399.jpg




通訳は言葉をどれだけ拾えるか

言葉というのは言の葉ですから

葉が地面に落ちるまでに何枚の葉を集められるかです

ただ全ての葉を集めることは難しいので

どれだけ拾い集めた葉で的確に全体を表せるかです






Template by :FRAZ