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 【No.213】三姉妹  2019/05/27 (Mon)
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それはまだ王様がいた頃のお話

王妃には三姉妹の女官が仕えていました

長女の女官は責任感が強く歌が得意でした

次女の女官はもの静かで人見知りでした

三女の女官はとても勝気で負けず嫌いでした


ある寒い朝のこと

城を大勢の敵が取り囲みました

王妃は三姉妹の女官たちに共に逃げるよう伝えます

長女はすぐさま身仕度を整えました

次女も長女に従い僅かな荷物をまとめました

三女だけは城に残ると言い張り聞き入れませんでした

時が経ちやがて敵が城へ攻め入ると

長女の女官は王妃にこう伝えます

王妃さま ここでお別れです

もう時間がありません すぐさまお逃げください

私たちはここへ残ります

王妃は他の女官たちを連れて城外へと向かいました



それから三姉妹の女官たちがどうなったのか

行方を知るひとは誰もいませんでした


数年後


街の片隅に小さな料理店が開店します

そこには三姉妹の姿がありました

料理は次女 提供は三女 経営は長女の役割でした

あるとき長女はふたりに言いました

あのとき一緒に逃げていたら今頃どうなっていたかねえ

王妃共々皆が捕まって牢獄へ入れられたそうよ

次女が答えました

あのとき三人で調理場へ行って隠れたから生き延びたのよ

人に焼かれる前に自分たちからオーブンに入ったんだから

三女は自慢気に言いました




三姉妹のその後を伝えるものは何もありません

ただ店は残された家族により代々引き継がれ

店の奥には三姉妹の人形が飾られていました





 【No.212】終着駅  2019/05/23 (Thu)
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起点があればそこには必ず終点がある

途中どんな素晴らしい経験をしようと

遠ざかる景色をただじっと見ていようと

列車はいつしか終着駅へとたどり着く

朝に下車した学生

夕暮れに乗り込んだ老夫婦

長い旅では乗り合う人たちも入れかわる

そして終着駅では誰もが席をあとにする



ひとは幾度こうして旅に向かうのか

新たな出会いを求め

時の揺りかごに乗って



Gare Saint-Lazare / paris





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うつむくきみの

なきそうなきみの

うなずくきみの

ほほえむきみの

そらをみるきみの

すべてをこころに

うつしとれたら





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安らぎを得たいなら
この花に話しかけるといい

誠実な気持ちを受けとめる白い花は
こころに憩いを差しだしてくれる

「真珠」を意味するギリシア語の
Margarites(マルガリテス)が語源という
Marguerite(マーガレット)


もどれない月日を振り返るとき

白い宝石の囁きと共に





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1903年から続く自転車ロードレース「ツール・ド・フランス」

毎年7月 その季節は訪れる

個人総合成績1位の選手に与えられる栄誉こそ

黄色のリーダージャージ「マイヨ・ジョーヌ」だ



パリ6区 季節を前に

ヴァヴァン通りに登場したマイヨ・ジョーヌは

母親に手を引かれ 遅れ気味だった






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悲しみに沈んだとき

こころを受けとめる空がある

歓喜に包まれたとき

想いを伝える空がある



バスティーユの空は

何処までも高く





 【No.207】sérénade  2019/04/26 (Fri)
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大聖堂は優しく微笑んでいた

「きみの瞳に映るものに永遠はない」

紅い実の向こう側で
そう暗示していたのだろうか


この世から消えることがないもの

それはこころに灯る信仰や
希望という願いだけなのかもしれない




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百貨店とは何か
それは小さな夢を集めて売る場所

気に入ったものに囲まれた生活を想像させ
人々を現実から夢の世界へと誘う

1852年 パリ セーブル通り24番地に
ヨーロッパで初の百貨店が誕生した
「ル・ボン・マルシェ」である


それまで沢山の店を渡り歩き
買い物をしていた人々にとって
この博覧会のような場所で買い物することは
こころを躍らされたに違いない

当初は大衆相手の販売が目的であったが
時代の流れは高級ブランド品をも
取りこんでいくようになる


167年が経過した今も
その店は敷地や外装こそ変われど
途絶えることなく私たちに夢を売り続けている

「感動と驚きに満ちた特別な場所でありたい 」

そう告知されているル・ボン・マルシェの願い


セーブル通り24番地
それは夢を買いに訪れるべき
価値ある場所かもしれない



※1984年、LVMHグループが百貨店を買収。
1989年、店名はAu Bon Marché から Le Bon Marché に改名されている。






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モンパルナスにある彫刻家が残したアトリエ
それは39年の間 作家夫妻の住まいでもあった
いまは美術館として公開されている

オシップ・ザッキン

1967年 77歳でその幕を閉じた
ロシア出身の彫刻家だ


彼がパリで結婚したのは30歳のとき
近くに住むアルジェリア出身の女性画家との
出会いだった

その際 ふたりの証人になったのは
共にエコール・ド・パリの道を歩み
親交の深かった画家 藤田嗣治である


春 彼の庭には
友を懐しむかのように
桜が咲く

作品が手を掲げる先
仄かな色づきが哀愁を誘って





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1656年から1659年にかけて現在のパリ マレ地区に
ひとつの建物が建てられた。

Hôtel Salé(オテル・サレ)。
塩の館と呼ばれるその建物はいまピカソ美術館として
公開されている。

展示室の最上階にある窓から外の景色を見つめると、
そこにはこの建物が建てられた当時の空気感が感じられる。

外の景色といっても
1659年当時の景色がここから見えるはずもないが、
この窓から射し込む光と、外に見える街の空気感は
360年前の何かを伝えてくれる気がした。

その時代とリンクするのは
パリから北東へ470kmに位置するデルフトで
絵画を描いていた画家フェルメールだ。

ヨハネス・フェルメールが生きたとされるのは
1632年から1675年。
まさにこの建物が建てられた時代に
数少ないフェルメール絵画が制作されている。

同じヨーロッパであっても場所が違う、
偶然同時代に存在しただけだ。
という見方もあるだろう。


ただ自分には
この窓から射し込む光が不思議と
フェルメールの描いた光と共通した何かを
感じずにはいられなかった。


もしこの場所でフェルメールが絵を描いていたら、
また違う作品が生まれていたかもしれない。
そんなありえない想像も浮かんだ。





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