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静まりかえったパリの街に、深夜ひとりの男が広告塔の側に佇んでいる。
映画のワンシーンのような一コマは、その冷えた空気までもが私の記憶にはりついている。
写真家ブラッサイの作品が絵になるのは、舞台が夜も静かに息づいているパリだったからかもしれない。
誰もがオレンジ色の街灯にそって人通りのない路を歩くと、いつしか脇役としてドラマに登場している気分になる。

まだ朝日が登る前、私は重い機材を抱え撮影場所をもとめて暗闇のパリ パンテオン近くを歩いていた。
建物の陰から黒猫が顔を出す。石畳に響く靴音が静けさを誇張する。
猫が消えた先に目を移すと、そこは袋小路になっていた。

impasse des Boeufsという不思議な名前の路地である。
牛舎小路と訳せる名前から昔この場所に牛舎があったのだろうか。

アーチ型の入口を入ると、もうすぐ夜が明ける時間だというのに部屋の灯りがあった。
若かった頃、朝方まで眠れずに過ごしたことを思い浮かべる。

私はその場に静かに三脚を立て、重い機材を置いた。冷えた空気にレンズを向ける。
そして姿の見えない部屋の灯りの住人と無言の会話をするかのように数秒間シャッターを開けた。そこに何か特別なものがあるという訳ではなかったが、小路の放つ空気感に吸いこまれていた。

そのあとどれくらいの時間が過ぎていたのかは記憶にないが、路地を去り数分歩いた頃だろうか、かすかに空が明け始めた。



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