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 【No.135】画家  2018/01/04 (Thu)
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画家になりたい。
幼い頃、漠然とそう思っていた記憶がある。
そんな自分も物心が付くに連れ「何かになる」という話はなくなり、
現実的な学校や進学の話になっていった。


画家という職業は「身近な職業」ではない。
そもそも農耕民族だった日本では、多数の中に従属することが好まれる。
画家などという何をどうして暮らしているのかわからないひとを
受入れようとはしない気質がある。


絵画についても日本ではコンプレックスからくるものなのか、
必ず絵について意見を求められると、
「よくわからないが・・・」という前置きがつく。

「この絵は好きだ」「好きな絵ではない」という意見は稀だ。
そればかりか金額のことばかり気にする傾向がある。
まずはいくらの絵か、高い絵だから良い絵だ、という観念。

残念に思うことも多いが、一方で上野の美術館に大勢の人たちが
並んでいるのを見ると、絵画への感心の高さに驚かされる。
身近なものではなく、高尚とされるものをありがたく
崇拝するということなのだろうか。
それとも個人での美術への興味が徐々に高まっているということなのか。

ただフランスのように、芸術文化に日本の何倍もの国家予算を使っている国との比較では根本が違うともいえる。


考えかたは時代の流れで変化していくものだが、
果たして画家は今後どこまで受け入れられていくだろうか。

これから画家になろうと志をもつひと。
そんなひとが一人でも多くなれば、
もっと文化的に豊かな国になれる気がする。



棟方志功は「自分はゴッホになる」と自ら言っていた。

まずは自分の情熱を明言することかもしれない。




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絵画展

carmencさま

日本の美術館では有名作家の作品所有が少ないこともあり、
どうしても企画展が盛んなようです。
興味のある展覧会を選んで足を運ぶしかありませんね。
それでも、気に入った1点の作品に出会えることは
大きな刺激を与えてくれます。
まずは沢山の作品に触れることが
自分を成長させてくれる近道かもしれません。

確かに大勢並んでいると億劫ですが・・・。







絵を描いてる人とウマが合うみたいで友達になります。どんな人のではなく絵を前にしてズキュンとなったらいい絵となります
昔々上京して間もなく、関東在住の幼なじみに誘われて行ったのがその頃上野で行われていた例のよく聞くN展で、その主宰者だと思いますが大御所の大きな作品や有名歌手の絵もありました。広い会場でクタクタになるだけで一度も心に来るものはなく、二度と大展覧会には来ないと思いました。
ですがアルバイトをしながら画家を目指していた友人のアパートの4畳半の部屋の襖に立てかけてある描きかけの作品に心を持ってかれました。
それより以前、仕事で銀座に行く際に寄り道で小さな画廊にひょいと入ったものですが、ある日ピカソの初期?の線で描いたデッサンに見惚れました。
その時いい作品には心を射抜かれると気づきました。
好きか?と言う事ですね。
日本ではジャズの場合も同じことがあります。
ジャズ紙に取り上げられてるのと評論家が良いとするものを信奉する人が多く集客力がありますね。
LIVEでは速く弾くとか速く派手に叩くなどの時に拍手が起こりがちです。
もちろんそう言う人ばかりではなくいいタイミングでイエイと唸る人もいますが、ごく稀です。
もう少し自分の感じる心に素直になれば文化度も上がると思うのですが…
それにしても有名な画家の展覧会にはよく並んでいるみたいですね。
大勢の人が行列になって作品をゆっくり見れない絵画展は行く気になりません。

2018/01/20(Sat) |URL|sulpice [edit]
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