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その音をはじめて聴いたときは
楽器というより、ひとの歌声を聴いている気がした。

イツァーク・パールマンの奏でる音色には
いつも楽器の音を超えた感情表現が身体に伝わる。

もちろんそれは彼のストラディヴァリウスをもって
叶えられているというのも事実である。


映画シンドラーのリストでは映像とのかけ合いが見事だった。
パールマン自身はイスラエル出身で、
両親はポーランドから移住したユダヤ系理髪師だ。
ことさらこの映画には思い入れがあったのだろう。
哀愁をおびた演奏が心に響く。



寒い朝、パールマンを聴きながら
カメラを片手に遠くを見つめる。

景色の向こう側には、
忘れかけていた若き日の自分が蘇る。

それはもどることのできない邂逅だ。


同じ場所、同じアングルでカメラを向ける。
何かが違っている。
おそらく被写体は変化していないのかもしれないが、
時間軸が違っている。
撮る側の意識が違っているということなのだろうか。
いやカメラそのものもフィルムからデジタルへ変わっている。

フィルム撮影にはレコード盤にも似た粒子の輝きを感じていた。
時に荒々しく、地引網のように予想外の結果もあるが、
そこには獲物を捕らえる手応えがあった。


時代おくれの邂逅とパールマン。


目の前をワイヤレスイヤホンを付けた若い女性が通り過ぎる。
時計はまもなく、午前10時になろうとしていた。





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こちらの建物は相当に立派なお屋敷で、年代もまたさぞかし古い。
真ん中の円形には女性像が飾られている。

よく見ると、像の下にある円には名前と年代が記されていた。
かつてこちらの城主だったひとだ。

MARIE DE MEDICIS
MDCXXV

マリー・ド・メディシス
1625年とある。

ルイ13世の母であり、はるばるイタリアのメディチ家から
フランスへ嫁いできた王妃だ。
ここは、パリ リュクサンブール宮殿。



彼女が改築した宮殿の内装は、
幼い頃過ごしたフィレンツェのピッティ宮殿がモチーフに
なっているといわれている。
この城を誰よりも愛していたに違いない。

しかし王妃という立場は時代に翻弄されることになる。
想いとは裏腹に最期までこの城に残ることはできなかった。

フランスを追放された後、彼女はドイツのケルンで他界した。




そんな歴史とは無関係にリュクサンブール宮殿の庭園(公園)へは
今日も多くの人々が訪れている。

ジョギングするひと、散歩する老夫婦、子どもを連れた家族。


雲の上から、マリーはどんな想いで
今の私たちを見つめているのだろうか。





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Rue du Gabon
それはパリといっても境界線に近い街はずれの場所。
この道を進み大きな通りを渡るとVille Bel-Airという場所に続いている。
1860年、線路沿いに開発された美しい住居地区だ。


ひと組の親子が通り過ぎる。

東京でよく見かける学習塾に通う子どもがひとりで歩いている風景は、
パリにはない。必ず親が同伴している。

大人と子どもの区別、親が子どもを守る責任が
そこには明確に存在している。

パリの子どもは自分がそうされたように、
自分が大人になり子どもができたら同じことを繰り返す。

自由とは何かを重んじる国だからこそ、
自由の裏側にある責任感を大切にしている。



やがて時が移り、手を引かれている子どもが親になる日が
くるかもしれない。

果たしてその時代にこうして同じ風景を見つめることは
出来ないかもしれないが、いま眼の前にいるこの親子の姿を
いつまでも記憶に留めておきたいと想った。





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ロダンは数多くの作品を手がけた


そして広大なアトリエには
多くの弟子たちもいた

アトリエから続く庭で
弟子たちは自身について考えただろうか

自分に光が当たることはあるのか

光の射す中心に立つロダンを
彼らはどんな眼差しで見つめていたのか



白い石の彫刻
それは光が射し込むことで
陰がディテールを映し出す

そしてその陰影のなかにこそ
作家が追いもとめる
内面からのメッセージがある


名もない多くの弟子たちが
長い時間をかけ創り上げた
「ロダン」という人物像


斜めから降りそそぐ陽ざしのなか
ロダンの庭でそんなことを思った





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通訳は言葉をどれだけ拾えるか

言葉というのは言の葉ですから

葉が地面に落ちるまでに何枚の葉を集められるかです

ただ全ての葉を集めることは難しいので

どれだけ拾い集めた葉で的確に全体を表せるかです






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パリの街を歩くと無数のアパルトマンに出会う。
それはどの建物も一見同じような表情だが、
一つひとつの雰囲気はどれもわずかに違っている。

建物は1900年前後に建てられたものが多く、
既に100年以上経過しているが、地震などの被害もないことから
そのままの風情が保たれている。



そんな数あるアパルトマンの一群で、外観が際立って美しいと思うのが、
パリ6区ヴァヴァン通り25番地にあるアンリ・ソヴァージュ設計の
アパルトマンだ。


白いタイルが全体を覆い、ブルーのタイルがアクセントになっている。
各階のテラスが階段状に配置されているのも美しさの一因だろう。

現代の建物としてみても、これほどデザイン的にモダンで美しいものは
数少ない。この建物が1913年に存在していたことが俄かに信じがたい。



晴れた冬の日、私はアパルトマン前の広場からこの建物をじっと見つめていた。
そして一世紀前に開花していたソヴァージュの才能に見惚れるしかなかった。



この建物が竣工した際、ソヴァージュはあのテラスから
どんな風景を観ていただろうか。

遥か雲の向こう側に100年後のパリが見えていたのかもしれない。





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