back to TOP

admin |  RSS
R00384633🌟


あの日の渋谷も雨が降っていました。


送別会の夜、ふたりで交差点を並んで歩きましたね。
どんな話をしたか思い出せませんが、ふたりとも大きな声で
笑っていたのを覚えています。

あれから街も随分と変わりました。


あの頃にはもどれませんが、
過ぎた時間はみな美しく感じます。


あなたの好きだったスティングが
いまラジオから聴こえています。




●img043🌟

パリの地下鉄はセーヌ川の地下を渡り右岸と左岸を繋いでいる。
ちょうどその中間にある駅がシテ島のCité駅だ。


数十年前に初めてこの駅に降りた時、まるで迷宮へ降りた感覚に陥った。

鉄の素材が地下空間へ伸びる冷やかな感触。
開業は1910年、世紀末のデザインが結実した頃だ。

地下の大空間は、見方によっては舞台装置のようにも見える。
大きな階段からドラマの主人公が登場しても不思議ではない。


開業から数十年後のパリ。
ナチス政権下では地下空間がレジスタンス運動の拠点となった。
現実のドラマがパリの地下で展開されることになろうとは
誰も想像していなかったことだろう。


パリの建物に使われている石は地下から掘り出されたものが多いという。

全ては地下から始まっている。

そして未だ見ぬ地下の迷宮がパリに眠っている。





img811🌟

東京の繁華街、駅に面した花屋の前。
人を待つ間に花をぼんやり見る時間が好きだ。
何か温かな心に包まれるような気分に浸れるからだろうか。


一枚の写真がある。
ハンガリーのクーセグという街の道端で無造作に売られていた花たち。
値札には20フォリントとある。

カーネーションが微笑みながら自分に話しかけてきた。
「何処から来たのですか。あまり見慣れない顔ですね。
もう何時間もこうして此処にいるので、少し疲れました。
どなたかそろそろ私たちを連れ出してほしいのですが。」

旅行者の自分は残念ながら願いをかなえてあげられなかった。

近くに売主がいたのかその時はわからなかったが、
その素朴な風情にしばらく見とれカメラを向けた記憶がある。


カーネーションをハンガリー語で「szegfű」という。


あの時はまだ彼等の名前すら知らなかった。





 【No.92】Trabant  2017/03/05 (Sun)
326🌟

小さな車が、その場所に静かに停車していた。
1993年、ハンガリーの田舎町で撮影したトラバントの姿だ。

当時のハンガリーでは普通にこの車を見かけることができた。
というか、少し古さを残していたがまだ現役だった。

この車の後ろに馬車が並んで停まり、馬が車を食べていた。
現地に住む知人からそんな笑い話を聞いた。

製造末期に品質が下がり、プラスチックに紙パルプを混ぜて使われていたことから「ボール紙製の車」と言われたからだ。


この車の素朴で実直な姿を見ていると、学生時代に東北の田舎町で一緒に遊んだ
友人を思い出す。不器用で何かに秀でているわけでもない。
ただ側にいて、その日あった話をするだけで妙に安心した。
あまり口に出さなくても心の中で繋がっている、そんな存在だった。


東欧の何処かで、まだ元気な姿で走り回っているだろうか。
トラバントにまた会いたい。



※1958年から1991年まで生産された旧東ドイツ製の車。
「衛星」を意味するその名前は1957年に打ち上げたソ連の人工衛星
「スプートニク」から命名されている。






Template by :FRAZ