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1861年、パリ サン・シュルピス教会の礼拝堂に3枚の壁画が完成する。
作者はウジェーヌ・ドラクロア。晩年の作品だ。

ドラクロアはこの大作を制作するため、徒歩で通える場所に移り住んだ。サンジェルマン・デ・プレ教会の裏手にある静かな住宅街。そしてその場所が7年間の「終の住処」となり、現在のドラクロア美術館に至る。

アトリエに面した中庭は四方に囲まれた小さな空間だが、季節を感じとるには十分な広さだ。
教会での仕事を終えてアトリエにもどったドラクロアは、ひとり中庭から空を見つめていただろうか。
ドラクロアの友人だったショパンはこのアトリエでよく作曲をしていたといわれている。

月のきれいな夜、ドラクロアは中庭でショパンのノクターンを聴いていたかもしれない。



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春の気配が感じられるあたたかな日和だった。
浜松町から新橋にかけてゆっくりと歩く。
桜の季節はもうすぐだが、後押しするような陽気で道行く人も穏やかな表情だ。

新橋は再開発で大きくその顔を変貌しつつある。
古いビルが取壊されて、あちこちに空地が目立つ。
街の姿が変わることは必然かもしれないが、そこで長い時間を過ごした経験がある者には寂しさが残るだろう。

新橋駅に着く前に赤煉瓦の高架橋が横たわる。
新橋から日比谷方面に続くこの高架橋ができたのは明治42年から43年にかけてだ。
通称「ガード下」には、かつて飲食店や映画館など繁華街の延長として賑っていた歴史がある。ほとんどの店は安普請でそれがまた庶民派にうけてきたのは日本らしい。

パリでは同様な高架橋を市が買い取り、職人の工房やショップなどにしてうまく活用している「Bastille Viaduct」という場所がある。
海外とは考え方や背景こそ違うが、こうしたパブリックの再開発こそ必要かもしれない。

新橋駅前では「サラリーマン」の名札を付けたおじさん達が今日も仕事帰りの時間を楽しんでいる。明日には自分も名札を付けて仲間入りしようか。



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