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ベルンハルト・シュリンク作「朗読者」。
第二次大戦後のベルリンを舞台にした物語である。
2008年に「愛を読むひと」という邦題で映画化された。

本を読んできかせる、それはおとなが子どもに対して行うことだと思うひとが多いかもしれない。
この物語では青年が大人の女性のために本を読むという行為がテーマとなり、やがてはそれぞれの人生に関わることになる。

自分にとってプラスになること、マイナスになること、それらを私達は無意識のうちに選別し生きている。善悪の区別もできる。
しかし戦時下において誰もがそうした普通の意識で冷静に自分を見つめていられたのだろうか。

主人公の女性に備わったものは数少なく、世界は歪んだ状況下のなかにあった。
そして欠如していたものの代償はあまりにも残酷で背負うには重過ぎた。

クラクフ収容所で主人公ハンナが遭遇した悲惨な出来事は裁判を通して克明に語られる。
裁判官の問い詰めにたいしてハンナがひと言問いを投げかける。
「あなたならどうしましたか」
口ごもる裁判官の戸惑いに理屈では解決できない当時の様子がうかがえる。
それは同時に私達にも同じ質問が問いかけられている気がした。

「本」という崇高な存在がハンナの運命に寄りかかる。
映画では投獄され年老いた主人公の半生をケイト・ウインスレッドが見事に演じていた。

このストーリーが秀逸なのは戦争がもたらした悲劇だけではなく、どのようなかたちであれ愛情に包まれ、慕う尊さをえがいていることにある。

自転車で田舎道を走る恋人たちの光景。
女性らしいワンピースを着たハンナ。
陽の光をあびて映しだされる、かけがえのないひと夏の想い出が何よりも美しい。





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静まりかえったパリの街に、深夜ひとりの男が広告塔の側に佇んでいる。
映画のワンシーンのような一コマは、その冷えた空気までもが私の記憶にはりついている。
写真家ブラッサイの作品が絵になるのは、舞台が夜も静かに息づいているパリだったからかもしれない。
誰もがオレンジ色の街灯にそって人通りのない路を歩くと、いつしか脇役としてドラマに登場している気分になる。

まだ朝日が登る前、私は重い機材を抱え撮影場所をもとめて暗闇のパリ パンテオン近くを歩いていた。
建物の陰から黒猫が顔を出す。石畳に響く靴音が静けさを誇張する。
猫が消えた先に目を移すと、そこは袋小路になっていた。

impasse des Boeufsという不思議な名前の路地である。
牛舎小路と訳せる名前から昔この場所に牛舎があったのだろうか。

アーチ型の入口を入ると、もうすぐ夜が明ける時間だというのに部屋の灯りがあった。
若かった頃、朝方まで眠れずに過ごしたことを思い浮かべる。

私はその場に静かに三脚を立て、重い機材を置いた。冷えた空気にレンズを向ける。
そして姿の見えない部屋の灯りの住人と無言の会話をするかのように数秒間シャッターを開けた。そこに何か特別なものがあるという訳ではなかったが、小路の放つ空気感に吸いこまれていた。

そのあとどれくらいの時間が過ぎていたのかは記憶にないが、路地を去り数分歩いた頃だろうか、かすかに空が明け始めた。



 【No.39】眼鏡  2014/09/13 (Sat)
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視力には自信があった。
若い頃からこれといって不自由したことはなかったのだが、何年か前からか少しづつ自信は揺らぎ確実に視力は落ちていった。

ふと思いたって眼鏡店へ出向き詳しく調べてもらうと、見えていなかったのは近くだけでなくむしろ遠くが見えていないことがわかり、これには少し動揺した。
適正に度のついたレンズを試しに付けさせてもらうと遠くの緑の葉がくっきりと見える。眼鏡の大切さに戸惑いと同時に感動さえ覚えた。

望遠レンズでピントが合ったときの感触。
ということは、これまでどれだけのものをぼんやりと見ていたかという事だ。

カメラのレンズには随分と気を使っていたつもりだったが、自分の眼のレンズには気を使っていなかったことを情けなく思った。
これから視力が良くなることは考えにくいので、眼鏡とは永い付き合いになるかもしれない。

身につけるレンズでこれまで気づかなかった風景に出会えるとしたら、それもまた素敵なことかもしれない。




 【No.38】老人の話  2014/09/07 (Sun)
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昔話ばかりしている。分かりきったことを幾度も話す。
こどもの時の自分には、祖父母や老人たちがそんなふうに映った。

時が経ち自分も年を重ねて、あらためて老人の話に気付かされることや感心させられることがよくある。

以前テレビで見た“世界バス紀行”という番組で、終わり間際にイタリアの老人が言った言葉が印象的だった。
「まず毎朝起きるたびに、一人でないことを感謝するんだ。」
・・・老人の話には含蓄がある。

映画の一幕ではないが、目が覚めて周りに家族が消えていたらどんな気持ちだろうか。
あるいは目が覚めない日がいずれ来るかもしれない。
その時には孤独感も消えているだろうけれど。



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