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あなたの声が聴きたくて

とぎれとぎれに雑音の中

ダイヤルに神経をこめた

遠くて淡い記憶のカケラ






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印刷屋
そんな言葉を聞かなくなった

昔は「○○印刷」という店が
かならず街の何処かにあって
チラシや名刺なんかを作っていた


その昔は活版印刷というのがあり
小さな活字ハンコを沢山組み合わせて
印刷を行なっていた

その後は技術も様変わりし
オフセット印刷の時代へ

そして今ではデジタル印刷が
普通の時代となった


形のある印刷から
形のない印刷の時代へ


写真も同じ運命をたどっているが
何故か形のあるものに惹かれていく

それは使い込まれた鉄の塊に
汗や魂が染み込んでいるからだろうか


時代の波に呑みこまれながら
消えゆくものたち


その煌めきは記憶のなかに生き続けている





 【No.214】記憶の糸  2019/06/02 (Sun)
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自分の記憶をどこまで辿れるだろうか
それはひとによって様々だろうが
そのとき感じた感触や瞳に映った光景は
数十年が経った今も記憶の引き出しに仕舞われている


高校時代の親友から何年かぶりに連絡をもらった

数ヵ月前に父親が亡くなったこと
自分の新しい仕事のこと
もうすぐ引越しをすること

それらは近況報告として
いろんな苦労を感じさせることばかりだった

ひととおり話終えたあと
友人から意外な誘いがあった

それはまだ何年か先のことだけど
と前置きをして
定年をむかえたら一緒にフランス料理を食べに行きたい
自分がご馳走したいというものだった

その店の名前は確かに聞き覚えのある店だった
どうしてそんなことを思い立ったのか
皆目見当もつかなかったが
友人はかなり前から考えていたらしい


「はじめて自分の就職が決まったとき、
お前にご馳走してもらったのを覚えてるか。
同じ店で今度は俺がお前の何年か後の
定年祝いにご馳走をしたいんだ。」


記憶の糸が解かれていく

数十年も前の光景が脳裏をよぎる
まだ社会人として駆け出しの頃だった

かなり背伸びをして
当時腕を振るっていたシェフのフランス料理店へ
ふたりで出かけた


そのときどんな話をしたのか
料理がどうだったのか
今となっては記憶もあいまいだが
ふたりとも満足して
互いの将来について話し込んだ気がする


そんな忘れかけていた記憶に
お礼がしたいと言ってくれた友

そのことがただ嬉しかった
気恥かしさの底に熱い何かを感じた


あの頃も同じ紫陽花の季節だった





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別の世界へ繋がるもうひとつの扉。
そういう扉があったらいいなと多くの人が
想像してきた。


ハリーポッターの駅構内の柱、ドラえもんのどこでもドア、
そして村上春樹氏の小説にも登場する異次元への入口。
それは肉体とは別の精神的な欲求の彷徨いかもしれない。

睡眠中に現れる夢の世界は意図したものとは無関係に出現するが、
それも現実の世界とは違う別のステージなのだろうか。


物心のついた頃から、人は死んだら何処へ行くのかと
考えることがよくあった。

死ぬということは普段の睡眠からずっと覚めずに、
そのまま眠った状態が続くことなのだろうか。
いや、身体の細胞が全て静止すると当然脳の動きも止まり、
電源が切れるようにそれまで脳に現れていた画面がプスっと
切れるということなのか。


生きている現在、回答は得られないままだが
いずれその時は訪れる。

出来れば現れてほしくない扉もある。





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滑らかな口当たりの一杯。
そう一言でいってしまうには
言葉がたりない。


ウィーンの街を喉をからして歩いた記憶がある。
数十年前の暑い夏だった。
カフェへ入っても、よほど高級店でないかぎり
氷の入った水は出てこない。

地元のひとが集まる安いカフェに入る。
一杯のコーヒーが、潤いと安らぎを差しだしてくれた。



ネルドリップには奥深い味わいを出す魔法がある。
繊維の奥に秘められた長い時間を、珈琲豆が短時間で
タイムスリップする。


時間を巻き戻せるなら、
ウィーンで味わったあのコーヒーに
また巡りあいたい。


そう思うと、ウィーンがネルで
自分が珈琲豆のような気がしてきた。
タイムスリップはできないけれど。





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雑誌やテレビでラーメン店が紹介されると、
日本人のラーメン好きがよくわかる。
街中でもいたるところに店舗がある。


ロンドンの繁華街にも数は少ないがラーメン店がある。
そしてそこにも何故か日本人が集まる。
理由はいくつかあり、価格が他のレストランに比べて安いこと
(日本と比べると決して安くはないが)、
食べ慣れていること、日本語が通じることなどだ。
味といえば並といったところか。


笑ってしまうのは、何人かの日本人旅行グループが
自由行動で昼食時に同じラーメン店で偶然に顔を合わせてしまうこと。
ガイドブックを片手に結果的に同じ道を選んでしまう。
安心ということに弱い、いかにも日本人らしい行動と言える。
かく言う自分も友人と別々に観光していた際、
たまたま入ったラーメン店で顔を合わせてしまったことがあり
苦笑いしてしまった。


英語が通じること、時間や決められたことを守ること、
これらはロンドンが馴染みやすい理由かもしれない。



自分にはあまり魅力的に感じられなかったロンドンだが、
休日の東京で昼食時にひとりラーメン店にはいると、ふと思い出す。


この季節は東京よりも気温が下回るロンドン。
寒空の下いまも誰かが似たようなものを食べているのだろうか。





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私は勤勉ではなかった。
それは今でもあまり変わってはいない。

図書館に通うひとたちや、図書館名のラベルが付いた本を読んでいるひとを見かけると、心の何処かにコンプレックスを感じていた。

今にして思うと街の本屋にばかり通う自分にとって図書館に並ぶ蔵書の一群は、
その秀でた雰囲気が自分から距離を感じさせる場所だった気がする。

小さい頃の自分は好きな本があると、買って手元に残したいという気持ちが強かった。そんな気持ちから「本を借りる」という行為に抵抗があったのかもしれない。



図書館で本棚の片隅に佇むひとりの少年。

ファインダーを通して不思議な回想が自分をつつみこむ。
もう一度あの頃にもどれたら、今は別の自分になれたのかもしれない。


カメラから目をはなすと、そこにはもう少年の姿はなかった。

彼は自分が憧れたもうひとりの自分だったのかもしれない。






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長編小説で、結末がはっきりと明示されていない作品がある。

物語が全て起承転結で終わるとは限らないが、
それは人の一生も同じような気がする。


まだ次のページがあると信じて生きる。
だがおおむね道半ばにして一生は途絶える。

それが自然の摂理かもしれない。



今日そして明日の時間を普通に生きる。
普通のことが普通に終わる。

本当は普通のことなんか何もないと思いつつも
日々をおくる。


それぞれがたどる物語がそこにある。





 【No.89】白い世界  2017/02/04 (Sat)
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東京を出てまだ1時間もたたない頃。

ぼんやりとしていた自分の目の前に忽然として白い風景が現れた。
田畑も屋根も林も、遠くに連なる山の峰もみな白い衣に覆われている。

モノクロームに映る現実の世界。


何年も前に冬の北海道で遭遇した風景が蘇る。

それはやがて、あらゆるものを全て白く覆いつくしてしまうかのような、
そんな景色だった。
大きな木立ちの奥にあるのは別の世界かもしれない、そう感じた。
ひとの声、風の音さえも白い吸音材の中へと消えていく。

次の世界への通過点。

あのままカメラを片手に進んでいれば、
もしかしたら別の世界が見えたのかもしれない。



東京にもどり、日常の世界へ。
バスに乗り合わせた子供が手にしていたゲームは、
いとも簡単に次のステージへ進んでいた。




 【No.79】いのち  2016/09/13 (Tue)
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生まれさせられる。
I was born.
それが受動態だと知ったのはまだ十代の頃、吉野弘氏の詩からだった。

自分の意志でこの世に現れたのではないということ。
まわりで共存している動物や植物でさえ、いのちという存在は皆同じだ。
このことを意識せずに、どれだけ日々を過ごしていることだろう。

争い、天災、病。自分の意思とは関係なくいのちが奪われる毎日。
生まれさせられたいくつものいのちが今日も消えていく。


あたえられた、いのちの尊さ。
それは産まれて間もない子馬が無言で教えてくれている。





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