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 【No.89】白い世界  2017/02/04 (Sat)
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東京を出てまだ1時間もたたない頃。

ぼんやりとしていた自分の目の前に忽然として白い風景が現れた。
田畑も屋根も林も、遠くに連なる山の峰もみな白い衣に覆われている。

モノクロームに映る現実の世界。


何年も前に冬の北海道で遭遇した風景が蘇る。

それはやがて、あらゆるものを全て白く覆いつくしてしまうかのような、
そんな景色だった。
大きな木立ちの奥にあるのは別の世界かもしれない、そう感じた。
ひとの声、風の音さえも白い吸音材の中へと消えていく。

次の世界への通過点。

あのままカメラを片手に進んでいれば、
もしかしたら別の世界が見えたのかもしれない。



東京にもどり、日常の世界へ。
バスに乗り合わせた子供が手にしていたゲームは、
いとも簡単に次のステージへ進んでいた。




 【No.79】いのち  2016/09/13 (Tue)
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生まれさせられる。
I was born.
それが受動態だと知ったのはまだ十代の頃、吉野弘氏の詩からだった。

自分の意志でこの世に現れたのではないということ。
まわりで共存している動物や植物でさえ、いのちという存在は皆同じだ。
このことを意識せずに、どれだけ日々を過ごしていることだろう。

争い、天災、病。自分の意思とは関係なくいのちが奪われる毎日。
生まれさせられたいくつものいのちが今日も消えていく。


あたえられた、いのちの尊さ。
それは産まれて間もない子馬が無言で教えてくれている。





 【No.71】北の桜  2016/05/01 (Sun)
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もうすぐ五月になろうとする季節に帰郷したのは、ずいぶんと久しい。

幼い頃、よく自転車で走り回った川岸へ向かった。
懐かしい桜をどうしても見たかったからだ。


まわりの風景は随分と様変わりしたが、桜はそのままだった。

ごくありふれた浄水場に面した
人の集まることもない目立たない場所。
ただそこに桜が生きているという風情だ。

それが美しかった。


人の生き様のようでもあり
年に一度の微笑みのようでもあり。

それが愛しかった。


午後の陽ざしを浴びて
北の桜は遅い春を告げる。





 【No.60】動かぬ時  2015/09/15 (Tue)
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夏の終わり。

故郷である田舎町にある古びたバー。

窓際に佇む白い少年。

「君はいつからそこにいたんだ。」

動かぬ時がいつの間にか
数十年を刻んでいたのかもしれない。




 【No.59】川へ  2015/07/20 (Mon)
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川へ飛び込んだことはあるだろうか。

まだ小学生の頃、虫を捕まえに翻弄し川岸の草に止まっていた虫に手を伸ばした。大きな川だったので
「踏み出せば虫は捕まえられるが、川へ流されて死ぬかもしれない」
咄嗟にそう感じたことを覚えている。

さすがに大人になれば分別なしに川などには飛び込む理由はないが、よくテレビで野球ファンが優勝した興奮で飛び込む姿を見かけると、またやったかという冷めた視線を投げかける自分と、自分も何かにとらわれず思い切り飛び込んでみたいというもうひとりの自分がいることに気がつく。

自分でも不思議に思うが、川のもつ吸引力に導かれて人はしばしば川へ飛び込んでしまうのかもしれない。

立ちはだかる大きな流れが目の前にあるとき、その先にある岸辺へ渡ろうとする本能。

生死の迷いを海や河にたとえて、向こう側の岸は「彼岸」と呼ばれている。
たまに目を凝らして遠くを見つめているが、まだ自分に彼岸が見えないのは幸せなことかもしれない。



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「ミスターロンリー」がラジオから流れ、城達也氏の声が聴こえる午前零時。

ひとり暮らしの学生時代、社会人になり遅く帰った夜、ふと深夜FMから流れる「ジェットストリーム」に何度癒されたことだろう。

特にエンディングの 
「夜間飛行のジェット機の翼に点滅するランプは
遠ざかるにつれ次第に星のまたたきと区別がつかなくなります」
というナレーションは、幾度聴いても心に響いた。

1994年12月、最後の番組。
27年間続いた放送を終えた翌年に城氏は他界した。

すでに20年という年月が過ぎ去ったが、いまもラジオから遠い日の記憶が蘇る。
自身が星のまたたきとなった午前零時の紳士に、リスナーとして感謝したい。




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以前大学時代の同窓会があった。

これまでこうした顔合わせには敬遠していたが、年を経て丸くなったせいか何故か出席する気になり、懐かしい母校へ出向いた。

それぞれが卒業後に歩んだこれまでを語り、夢を抱いていた学生時代とは違う現実感が垣間見れた。時間の経過がいたずらに過ぎてしまった古き友人達との会話は、嬉しさと共にさみしさもあった。

飲み会の帰り際、親しい仲ではなかったが一人の同級生から声をかけられた。
「卒業制作の作品は今でも覚えているよ。タイトルといい内容といい、自分にとって強烈に印象に残っている。地元が立川だったこともあるけど、あの作品を見たとき、やられたって気がしたよ。」

自分の卒業制作は立川基地跡地をテーマにしたものだった。
気恥かしさと同時に自分でも忘れかけていた卒業制作のことを思い返した。

それより30年ちかくが経過してから感想を言ってもらったことに、驚きと嬉しさがあった。

30年。今をゼロにして過去とこれから先のことが想いを駆け巡る。
30年後に今の感受性をどこまで継続していられるだろうか。
それは思っているより早いかもしれないが。



 【No.46】雪  2014/12/20 (Sat)
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中学のころだったか、雪を見上げて美しいと感じた。

東北で育った自分には冬場になるとそれは当たり前の存在だったのだが、ある日の雪は特別な感情が湧きあがった。

静まりかえった冬の夜、友人宅からの帰り道、ふと立ち止まり街灯を見上げた。
それは羽のように輝く逆光に照らされた無数の雪だった。
吸い込まれそうな暗闇の奥から絶え間なく雪が降りそそぐ。
下降線を追いかけても雪は次から次へと放出され、ただ見惚れるしかなかった。

本当に美しいものに対面したとき、そこには怖さも伴う。
ひととき身動き出来ずにいた自分は、そのあと足早に家路についた記憶がある。




 【No.43】電話機  2014/10/25 (Sat)
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それは遠い昔の話ではない。

電話機を見つめながら、長い時間をともにした。
今の携帯電話に比べれば重い受話器を片手に、何時間も話していた。
好きな人や親友、家族に何かを伝えるとき、固定電話は大切な唯一の通信手段だった。

ひとり暮しのときはダイアル式の電話で、数字がもどるときのジィーという音がそのときの気分で心地よくも不快にも感じた。
そんなレトロな時代だったが、携帯の時代にはない良さもあった。
不便さと引き換えに想像する豊かさがあった。

待ち合わせで何分も待ったとき、どれほど相手のことを考えていただろうか。
そこには、相手への思いやりや信頼があった。
デジタルですぐに答えを出すほうが楽かもしれないが、想像する豊かさはない気がする。

携帯電話が必需品の時代、自分の気持ちの中にそっと忍ばせる優しさを何処かへ忘れてきたのかもしれない。





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十代後半に、それまで日常飲んでいた珈琲に深く興味をもつようになった。
ちょっとした専門誌を読み、自分でも試行錯誤しながら違う淹れ方で飲んでみた。本で紹介されているいくつかの店にも出かけては自分の好みの味を探していた。

銀座にある珈琲店「カフェ・ド・ランブル」は珈琲通のあいだでも有名な店だ。
珈琲へのこだわりは相当なもので、客は珈琲そのものを楽しむためにこの店を訪れ、会話やましてや待ち合わせでこの店にくる人達はいない。小さな店内だが、珈琲以外にも店で使用しているお湯を注ぐ口が細くなった特注品のホーローケトルも売っていて、これは買おうか迷った。

店での珈琲の淹れ方は一貫してネルを使用している。
通常より多めの豆を挽いて、ネルの上に注ぎこまれるお湯の太さと、珈琲となりネルから落ちる太さが一定になるように神経が注がれる。

決して熱過ぎないそのデミタスカップに注がれた一杯の珈琲は、それまで出会ったことのない芳醇で濃縮された深い液体の劇場へといざなう。
ランブルの珈琲には、スケルトンの機械時計にみるような究極がそこに感じられた。

すでに何十年という時が過ぎてしまったが、たった一杯の珈琲が注がれる数分に感動したことを今も記憶している。





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