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フランスで発明され広まった「写真」を固定する技術

カメラは自分が生まれる前からあったが
自分がこの道具に出会ってからも
数十年という月日が経った

思い返すとその間に何台ものカメラと出会い
それぞれに違う想いが残っている

一時期はカメラそのものへの
所有欲にとらわれて入手し
実際にはあまり使わなかったカメラもある


フィルムからデジタルへ移行したことで
カメラも余儀なく変わることになった



ただ不思議なもので
残された写真を見るとその時どんなカメラや
レンズで撮ったのか情景がうかぶのは
フィルムカメラで撮影したものばかりだ

デジタルの便利さは言うまでもないが
一枚の重さを感じるのは
フィルム写真かもしれない


残されたフィルムカメラは未だ手元にあり
いつの日か使われることを夢に見て
眠り続けている




※このブログもNo.200となり
ふと身近なカメラについて記してみました
デジタルは進化の一途をたどっていますが
これから先どんなカメラが登場するのでしょうか
記録や表現の道具として使われるカメラ
例えどんな進化したものが現れても
そこに求められるのは私たちそれぞれの
感性なのかもしれません



 【No.112】 Moon River  2017/08/01 (Tue)
th_image1のコピー


欲望の底にある虚栄心
それは一握りの幸せかもしれない


何台かのカメラを手にしても
まだその先に別の世界があると信じて
更に別のカメラに心が動く
レンズも同じだ


本当は一台でいい
レンズも一本でいい
ひとつのカメラが自分の眼となり
身体の一部となりさえすれば


そう信じている一方で
まだ見ぬカメラを追い続けている

わずかな幸せと別の世界を夢みて





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この8×10大判カメラは木製で比較的軽いと思われているが、それでもフイルムホルダーやレンズ、大きな三脚を一緒に持つと、相当な重さになる。

私は無理を承知でこの一式を抱えてパリまで行っている。

移動手段は地下鉄と徒歩。雨が降ると何処かの軒先で雨宿りするしかない。
両手がふさがっていて傘を同時に持てないからだ。

早朝このカメラを引きずって歩いていると「Musician?」と声をかけられる。
大きなバッグには楽器でも入っていると思うのか。

撮影場所でカメラをセットすると、それだけで目立ってしまう。
それもあって早朝の人気のない時間を選んでいるのだけれど、通勤途中の地元の人が親指サインで「いいね」と通りかかると、照れずにはいられない。

パリでは表現することや創作することに寛容な雰囲気がある。



昨年の暮れ、一通の喪中葉書が届いた。それはU氏が他界した知らせだった。

U氏の店で私はディアドルフを買い、その後幾度もカメラについて、レンズについてU氏の丁寧なアドバイスを受けた。
私が旅に出る前など、ディアドルフについて長い時間語り合ったことが懐かしい。


これからはU氏のアドバイスは得られないが、U氏の言葉が詰まったディアドルフを抱いて、また旅に出る。







▲⭐️img583-2

このカメラは永く病いに取りつかれたように欲しかったカメラだ。何と言っても、その伝説的な38mmビオゴンの魅力そのものに参っていた。

もう何年も前だが、それまでよく利用していた米国のwebで、安くて程度の良いものを買うことが出来た。

レンズの描写なら現行のものが光学的に優れているのは明らかだが、このカメラに関しては、あえてシルバー胴鏡の古いタイプが欲しかった。
カメラと永く付き合うには、多少の難があっても愛すべきフィーリングが必要である。
逆光には多少弱いようだが、実際の撮影では想像以上の繊細な描写をしてくれる。

ファインダーは日本製の見やすいものを利用している。
絞って撮る事が大半なので三脚は必需品だが、手間をかけて撮影したあとの結果は裏切られた事がない。

SWCMでなければ表現出来ないものを探し求めること。
それこそがこのカメラと付き合う魅力ともいえる。

いつか北欧の海岸線をSWCMで撮りたいとぼんやりと考えている。



 【No.44】LEICA M5  2014/11/08 (Sat)

▲⭐️img330

南仏の旅先でM5を石畳に落とした。見事に底蓋の一部がへこんだ。ついにやってしまったと諦めた直後に、何とか直せないものかと考えあぐねた。
底蓋を一度ボディから外して、金属質なもので内側から叩きつけて、一応の処置を試みた。元通りとはいかないが、見た目には妥協出来る範囲に仕上がる。

まあ仕方のないことだ、実用には問題はないと自分に言い聞かせて20年近く経ってしまった。不思議なもので、こうした経験を積んだことでカメラへの愛情が増したような気がする。

ライカの中では異質なM5だが、何年も迷った後に初めて買ったライカがこのM5だった。角のとれた四角い箱が手に馴染む。
スローシャッターの際のフィット感、武骨だけれど正直で裏切らない性格は、私にとって唯一無二の愛機である。
35mmで最期まで手放すことのない1台といえば、このカメラだろう。

このところデジタルカメラの影に隠れているが、ずっと側にいて出番を待ってくれている。


▲⭐️S img070

35mmカメラを使い続けて、何年かして中判のブローニーフィルムの
カメラも使用するようになった。
ゼンザブロニカ、マキナと続きマミヤ、ローライ、ハッセルブラッドと
変遷する。
手元に残っているのはマミヤ以降のカメラだが、これまで使用頻度が
一番高いのはマミヤだ。

New Mamiya6 MFはレンジファインダーの6×6フォーマットで
一度故障して修理したこともあって本体は2台ある。

マミヤのレンズはカール・ツァイスのレンズに比べると人気がないかも
知れないが、カメラ本体の使い勝手の良さと全体のバランスで、
出かける間際になると咄嗟にこのカメラを選んでしまう。

カメラやレンズのスペック、広告、実写例、コメントなどいろいろな
情報に左右されて私達は製品を選択しているが、結果として残される作品に
どれだけそれら情報が影響しているのか疑問に思うことがある。
もちろんどんな機材でもいいとは思わないし、だからこそ自分もこれまで
いろんな機材を試してきた。


ただこれまで少なからず感じてきたのは、撮影の際にどれだけその被写体に
ストイックに向き合えるかということで、その時に手足となるカメラが
どれだけ思いのままに動いてくれるかということだ。

その時々に使い慣れたカメラで、この1台しかない、このレンズしかないと
覚悟することで良い作品が生まれるような気がする。



ひとつだけ心配なのは、自分が生きている間に
フィルムが無くならないかということだけである。





▲⭐️img023

ローライフレックス80mm2.8fをパリで買ったときの印象は
今でも忘れていない。


すでに十数年が経っているが、それまで持っていたローライの
初期モデルとは違う重厚感、カメラとしての存在感を80mm2.8fに
感じた。同時に買ったプリズムファインダーもその武骨なまでの重量と
丸型のデザインに圧倒された。
何かこれまでとは違う写真が撮れるような気分を十分に満たしてくれた
のである。

カメラを買ったバスティーユ近く「オデオンフォト」の対応も良かった。
中古としては高額だったこともあるが、応対してくれた老紳士がとても
親切だった。
こうしたモノを買った時の状況は、印象として記憶に永く残るので重要な
気がする。


その後何年か経ち、顔馴染みだった銀座のカメラ店でカメラを見てもらうと、
ピント部分に多少ズレがあるということで修理をしてもらった。

それからは箱入り娘のように大切にしすぎているせいか、
実際の撮影になるとなかなか出番がない。やはりその重さに
躊躇していることも本音としてある。

だが「飾る」だけでは、このカメラの魅力は引き出せない。
カメラに付随するプラナー80mmは、被写体を包み込むような表現と
標準に近い画角の素晴らしい固定レンズだ。


静かに佇んでいるこのカメラを見ていると、もっとこのカメラの価値を
引き上げなくてはと感じているこの頃である。





 【No.2】Nikon FE2  2014/01/06 (Mon)
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大学生であった自分がはじめて手にしたカメラは、
ニコンのFE2だった。今はもう手元にはない。


その有り余る機能は初心者だった自分に
とっては十分なものだった。

時間が経つにつれ少しづつ自分のカメラ
として使いこなせるようになっていったが、
振り返るとそれまでの長い時間こそが
大切な時間だった気がする。

カメラを操作する技術はもちろんだが、
写真を撮る「情熱」こそが
重要な事だとその時学んだ。


その後FE2は、別のカメラが欲しくなり
やむなく手放してしまったのだが、
今となっては中古カメラ店で同じ機種を
見つけると、何故だか昔好きだった女性に
再会したような気恥かしい気持ちになる。





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