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夫婦の会話というのは
いつの日もぎこちない

恋愛の駆け引きや
探り合いも消えて

そこにあるのは緊張感のない間と
ぼんやりとした安心感だ

まして長い年月を過ぎると
相手がもうひとりの自分にも見える



柔らかな日差しのなか
出会った頃に戻り話しかけてみる

そこには気づかなかった
もうひとりの相手がいるかもしれない





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パリの南、アルレ広場にほど近い場所。
この一帯にも再開発の波がゆっくりと近づいている。

やがて目の前にある建物も姿を消す日がくるだろう。
建て替えられる建物と広がる空き地。

その狭間で100年以上前に建てられた建物が、
わずかな息遣いを潜めて佇んでいる。



イアホンからFly Me to the Moonが流れる。

遠い日本で、あなたはもう疲れて眠っているかもしれない。
かすかな寝息をたて、どんな夢をみているのか。


風が口笛を吹きながら、街を走りぬけていく。





 【No.186】冬の陽  2018/11/27 (Tue)
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どの季節が好きかという問いに
あなたは何と答えるだろうか

短い春や秋に美しさを感じるのは誰しも同じだが
夏と冬の好みは人それぞれ違う気もする

冬の陽射しは短く日中動ける時間も少ないが
その長く伸びた斜光に愁いを感じる瞬間がある



少し痩せた背の高い女性が
ベンチの端に座っていた
髪はショートで灰色のコートを着ている
女優かモデルのようにも見えた
展覧会のリーフレットを見つめながら
物憂げな表情だった


数分後
待ち合わせだったのか
老紳士が声をかけてきて
女性は席をあとにした


そのベンチにはしばらく誰も座らなかったが
何故か一枚だけ女性の余韻を撮っておきたかった


冬の陽が優しく午後のひとときをつつんでいた





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夜が明けたばかりの広場

数時間前までいた学生たちの歓声が
洗い流されるように水が放たれる


研究に没頭したキュリー夫人
恋を物語りに綴ったフランソワーズ・サガン
映像の先にあるものを追いかけたジャン・リュック・ゴダール

若き日の誓いを胸に刻んだカルチェラタンは
このサン・ミッシェル広場からはじまる




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カフェで寛ぐわずかな時間
なにごともなく一日が終わろうとしている

昨日と同じ日のような気もするが
何かが違う一日でもあった


数メートルさきで恋人たちが小声で話し込んでいる
家路につくまえに交わす僅かな温もり

ここへ来る前 道端の花屋で珍しい色の薔薇を見かけた
帰り際にもう一度のぞいてみようか



珈琲を飲み終えるまでの数分

冷えた水と自分との会話

今日という一日に





 【No.183】恋  2018/11/08 (Thu)
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あなたがいたら
もうなにもいらない
そんな恋が
誰でも一度はある

胸をしめつける想いは
やがて燃えつき消えていく

実る恋
実らなかった恋

新たな種子が落ちると
空はいつの日か
優しく雨で地面に合図する

いくつかの恋が
今日も何処かで芽生えている




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いつか自分が撮っている被写体になれたら
こちらではなくあちら側だったらとふと想う

カメラをおいて街を歩く
そんな時間が必要かもしれない


ときには自分のペースではなく
愛犬を連れて歩くのもいい

自分の行きたい方向と愛犬の行きたい方向
その違いがまた楽しいはずだ


昨日読んだ本
今朝食べたクロワッサン
指先が記憶しているパスワード
すべてを一度リセットする


日常から遠く離れて





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その劇場はLa Chapelle駅からほど近い場所にあった。


「それにしても古い劇場ね」

「ナポレオン3世の時代にできたらしいよ。
パリにはもっと歴史が古い劇場があるけど、
現代風に綺麗に改修されてるからね。
それに比べてここは廃墟一歩手前の感じがする」

「何か演奏を聴きにきたというより、劇場を見にきた感じね。
タイムスリップでもした気分。
随分街の中心からも離れてるし、
こんなふうに残されているのが嘘みたい」

「注目されずに放置されたまま時だけが過ぎたんだ。
歴史の標本みたいな劇場かもしれない。
-もうすぐ開演だよ、携帯はオフにした?」

「気分はオフだけど・・・」


こうして独自の雰囲気に包まれた会場で、
ほどなくベートーヴェンの三重奏が始まった。




Théâtre des Bouffes du Nord (ブッフ・ド・ノール座)
1876年パリ10区に建てられた劇場。経営不振から1952年に閉鎖。
1974年にはPeter BrookとMicheline Rozan指導のもとに生まれ変わるが、
資金難のため内外装はいっさい改装されなかった。
2010年には、Olivier ManteiとOlivier Poubelleが引き継ぎ、現在に至る。




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ホテルに滞在するか、誰かの住まいに招待されないかぎり、
パリで建物の内側にある中庭を見ることは難しい。

ここはHôtel de Brancasという、1710年からある建物の中庭。
当時のディテールがどれほど残っているのかは知る由もないが、
パリにあってこの落ち着いた緑の空間を得られているのは価値がある。

建物そのものには当然そこに住んだ人の考え方や嗜好が反映されがちだが、
「中庭」という存在は、それとは異なるあゆみを感じさせてくれる。


扉を開けて6つの石段を降りる。
数百年の間、どれだけのひとがこの中庭へ降り立ったのだろうか。

主人であった侯爵、その家族、使用人、そして招かれた客人たち。

改修される機会も少ない中庭には、
何かそこに長い時の空気が沈殿しているかのようだ。



古い樹木に話しかける。
しばらくすると微かに枝を揺らし彼は応えてくれた。

「 きみは何処から来たんだ。
もう何年も庭師以外とは話をしていないが、
この老いぼれの木に話しかけてくるとは珍しい客人だ。

ここにいると街の様子はわからないが、
ひとの悲しみや喜びは手に取るようにわかる。

今は平和なのかもしれないが、以前のような
喜怒哀楽はなくなってしまった。
ひとはもっと感情をさらけ出したほうがいい。

いまは振り返らず、前に進むことだ。
時がきたら、またいつかこの場所を訪ねるといい。
その時きみは老人になっているかもしれないが。 」


古い樹木はそう言って、手を振るかわりに
枝の間から心地よい風をおくってくれた。


中庭には、おとぎ話がよく似合う。






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2018年 モンパルナスタワーが見えるレンヌ通り。


一見ひと昔前と何も違っていないように見えるが、
店舗や街を歩く人たちの流れは随分と変わった気もする。


道端で煙草を吸っているひとも少なくなった。
思い返すとあちこちのカフェにあったTABACという文字。
いつのまにか何処かへ消えてしまった。
煙草のけむりも自由という枠から排除される、
パリもいまではそういう時代なのだろう。


ピカソ、モディリアーニ、フジタ、ザッキン、シャガールなど
数えきれない画家や彫刻家、芸術を志す人々が住んだモンパルナス。

彼等が集ったカフェや消えつつある面影。
この場所の古き良き時代に憧れるのは自分だけだろうか。


月日は静かに、そして確実に眼の前を通り過ぎていく。





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ポンピドゥーセンターに隣接した目立たない場所に小さな建物がある。
そしてそこには、ひとりの彫刻家がかつて使っていたアトリエが
再現されている。

彫刻家 コンスタンティン・ブランクーシ。
ルーマニア出身の20世紀を生きた彫刻家だ。

一切の虚飾を捨て去り、一体のフォルムに凝縮させた彫刻。
その研ぎ澄まされた感覚で刻まれた抽象作品は、
私たちに多くのメッセージを投げかけてくれる。


若き日の彼はロダン工房に一旦身をおくものの
「大樹の陰では何も育たない」という考えから、
すぐに独自の道を歩むことを選んだ。



ほんとうに現実的なものは、
事物の外から見えるかたちではなく、
そのなかにひそむ本質である。
この真理を出発点とするかぎり、
もはや事実の表面だけを真似ることで
現実を表現することなど、
誰にとっても不可能なことである。

-コンスタンティン・ブランクーシ-



もののなかにひそむ本質。

アトリエに残る数多くの作品には
その答えが散りばめられている。

そしてそれらの作品が放つ音階は、
いつまでも私たちの中に響き続ける。



※コンスタンティン・ブランクーシ
(Constantin Brâncuşi, 1876年2月19日 - 1957年3月16日)





 【No.177】Odéon  2018/09/21 (Fri)
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夕暮れのパリ オデオン座。

「オデオン座」というのは通称で
名称はOdéon Théâtre de l'Europeという。

1782年に竣工された際にはマリー・アントワネットが訪れ、
当時は「フランス座」と呼ばれていた。


その後、長い歴史の中でこの劇場は何度も名前を変えられた。

ただ駅名でも使われている「オデオン」という名前に
愛着を感じるのは自分だけではないと思う。

オデオンという名前は日本でも各地の劇場で使用され、
映画館として馴染みがあるひとも多いはずだ。



暮れなずむパリの街に、ほのかに灯をともすオデオン座。

やがて新しい時代となり、また新たな名前に変わろうとも、
この灯だけは絶えることがないように祈りたい。





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「お母さん、これテレビで見たことあるよ」
「でももっと大きくて、確かアメリカにあったと思うけど」

「そうだね、でもこっちが本物だよ」
「でかけりゃいいってもんじゃないんだよ」



訪れた親子が、そんな会話をしていたかどうかはわからない。
母親は何か諭すように子どもに話しかけていた。



-パリ リュクサンブール公園でのひとコマ-





※ニューヨークの「自由の女神像」は1886年、アメリカ合衆国の独立100周年を記念して
フランス人の募金によって贈呈された。
そのもととなったのが、フレデリック・オーギュスト・バルトルディ作のこの像である。




 【No.175】TOOTH PASTE  2018/08/31 (Fri)
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いつの頃からだろうか
海外で地元のスーパーに売っている
「練り歯磨き」を土産に買うようになった

土産といっても自宅用としてだが
これが結構楽しめる
わずかな期間
旅の延長気分に浸れるからだ

中身はそれほど変わらないが
パッケージにそれぞれ個性があり
国柄や表現の違いが見てとれる


ちなみに写真はイタリア製の練り歯磨き
知人からもらったものだが
その美しい外装デザインは
化粧品のような輝きを放っている

まだ未使用だが
中身はどんなテイストなのか
少しばかり期待がふくらむ


残念なのは消耗品の運命として
この練り歯磨きもすぐに無くなってしまうことだ

やがて無くなるものが放つAURA



また新たな逸品を求めて 旅に出ようか





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陶芸家 河井寛次郎 。
その半生、作品をここで紹介するつもりはない。
ただ彼の感じたこと、彼の考えたことを
彼自身の言葉で受けとってほしい。
そこにはものを創り出す
作家としての一念が感じとれる。



手考足思


私は木の中にいる石の中にいる 鉄や真鍮の中にもいる
人の中にもいる
一度も見た事のない私が沢山いる
始終こんな私は出してくれとせがむ
私はそれを掘り出したい 出してやりたい
私は今自分で作ろうが人が作ろうがそんな事はどうでもよい
新しかろうが古かろうが西で出来たものでも東で出来たものでも
そんな事はどうでもよい
すきなものの中には必ず私はいる
私は習慣から身をねじる 未だ見ぬ私が見たいから

私は私を形でしゃべる 土でしゃべる 火でしゃべる
木や石や鉄などでもしゃべる
形はじっとしている唄 飛んでいながらじっとしている鳥
そういう私をしゃべりたい
こんなおしゃべりがあなたに通ずるならば
それはそのままあなたのものだ
その時私はあなたに私の席をゆずる
あなたの中の私 私の中のあなた

私はどんなものの中にもいる
立ち止ってその声をきく
こんなものの中にもいたのか
あんなものの中にもいたのか

あなたは私のしたい事をしてくれた
あなたはあなたでありながら それでそのまま私であった
あなたのこさえたものを
私がしたと言ったならあなたは怒るかも知れぬ
でも私のしたい事をあなたではたされたのだから仕方がない

あなたは一体誰ですか
そういう私も誰でしょう
道ですれちがったあなたと私

あれはあれで あれ
これはこれで これ
言葉なんかはしぼりかす

あれは何ですか あれはあれです あなたのあれです
あれはこうだと言ったなら
それは私のものであなたのものではなくなる

過去が咲いている今
未来の蕾で一杯な今



「民藝」昭和38年12月号より引用




1966年、河井寛次郎は76歳でこの世を去った。
人間国宝にも推挙された彼はそれを受けることなく、
無位無冠の人としてその人生に幕をおろしている。



 【No.173】揺れる光  2018/08/14 (Tue)
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古来から画家は北の方角に窓があるアトリエを選んだ。
直接的ではなく、間接的で均一化された柔らかな光を
好んだからである。

それはカメラを手にする我々にも同じことがいえる。
直接被写体へ光を照らすのではなく、バウンスさせたり
光を拡散させることで光をコントロールし、
柔らかな光に近づきたいと模索する。



そんな私たちを嘲笑うかのように刻々と変わるのが自然光だ。

それはどの瞬間に出会うか、
どう捕えるかで作品に影響を与える。


揺れる光は今日も私たちに微笑んでいる。





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雨がやんだ日
その手に一通の手紙を握りしめ
娘はサンダルで駆けていった

父はそんな娘の姿を
近くで見ているしか出来なかった



それは昭和という時代の出来事

どの家にもそれぞれが抱えた
ドラマがあった



続く平成という時代も
もうすぐ終わりを告げようとしている


電車で向かい側に座っている全てのひとが
携帯電話を手にして静かに座っている
新聞紙を畳んで読みふける会社員はいない


これは幼い自分たちが夢見た光景なのだろうか

手紙がメールとなり
筆跡のない画面を見つめながら
私たちは何処へ向かおうとしているのか


未来を生きる
きみのその手には






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夏という鞄から

乾いた地面に落ちた蝉


きのうまで鳴いていたのか

きょうも鳴くはずだったのか


誰にも気づかれず

天を仰ぐきみに

Lullaby





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うわべのことだけつくろう

そういうことが嫌いだった

それでもながい年月のなか

それにもなにか意味があるような

そんなふうに思えてきた

いまでは紙のレースが

愛おしく感じられる





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いつの頃からだろうか
街のレストランやカフェで
オリーブをよく見かけるようになった

オリーブオイルが使われるイタリア料理店など
店先での雰囲気づくりに一役かっている



オリーブの写真は
そのまま撮ると葉の色が均一なため
どうしても画面が単調になる

白い背景に映し出される影は
淡いグレーが水面を描き出す


うつろな夏に
オリーブの影を追うひととき





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