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 【No.173】揺れる光  2018/08/14 (Tue)
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古来から画家は北の方角に窓があるアトリエを選んだ。
直接的ではなく、間接的で均一化された柔らかな光を
好んだからである。

それはカメラを手にする我々にも同じことがいえる。
直接被写体へ光を照らすのではなく、バウンスさせたり
光を拡散させることで光をコントロールし、
柔らかな光に近づきたいと模索する。



そんな私たちを嘲笑うかのように刻々と変わるのが自然光だ。

それはどの瞬間に出会うか、
どう捕えるかで作品に影響を与える。


揺れる光は今日も私たちに微笑んでいる。





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雨がやんだ日
その手に一通の手紙を握りしめ
娘はサンダルで駆けていった

父はそんな娘の姿を
近くで見ているしか出来なかった



それは昭和という時代の出来事

どの家にもそれぞれが抱えた
ドラマがあった



続く平成という時代も
もうすぐ終わりを告げようとしている


電車で向かい側に座っている全てのひとが
携帯電話を手にして静かに座っている
新聞紙を畳んで読みふける会社員はいない


これは幼い自分たちが夢見た光景なのだろうか

手紙がメールとなり
筆跡のない画面を見つめながら
私たちは何処へ向かおうとしているのか


未来を生きる
きみのその手には






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夏という鞄から

乾いた地面に落ちた蝉


きのうまで鳴いていたのか

きょうも鳴くはずだったのか


誰にも気づかれず

天を仰ぐきみに

Lullaby





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うわべのことだけつくろう

そういうことが嫌いだった

それでもながい年月のなか

それにもなにか意味があるような

そんなふうに思えてきた

いまでは紙のレースが

愛おしく感じられる





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いつの頃からだろうか
街のレストランやカフェで
オリーブをよく見かけるようになった

オリーブオイルが使われるイタリア料理店など
店先での雰囲気づくりに一役かっている



オリーブの写真は
そのまま撮ると葉の色が均一なため
どうしても画面が単調になる

白い背景に映し出される影は
淡いグレーが水面を描き出す


うつろな夏に
オリーブの影を追うひととき





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物語の始まりは自然なほうがいい
出来たらひとも登場しなくていい

音もかすかに聞こえる程度で
絹の雲が移ろう空

一夜が明け澄みきった空気に
常温の水のような感触の朝


そんな朝を描けたら
物語の始まりとして理想的だ





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この写真を撮ったのはいつ頃だったろうか。
確か20年くらい前だったと思う。

6×6フォーマットカメラにブローニーのモノクロフイルム、
当時は左側のポケットに未撮影のフイルム、
右側のポケットに撮影済みのフイルムをいれて、
カメラバッグの重さにもめげず街を歩きまわっていた。

12枚を区切りに、路地裏や日陰でひと息つく。
このフイルム交換作業は一見地味で面倒なようだが、
自分にとっては大切な儀式のような気がしていたのを覚えている。

デジタルの今になってもフイルムこそ使う機会は減ったが、
それほど状況は変わっていない。


話を写真にもどすと、
この左岸にあったレストランの店名表示を撮ったのは、
確か明け方から歩きまわって
かなり疲れていた時間だったと思う。

ガラスに反射した背景と浮き上がる店名。
今ではプリンターで出力したシート文字をよく使うが、
当然ながらこの文字は職人による手描き文字だ。


タイポグラフィは書体とレイアウトが
その創られた時代によって息づいている。

飲食店も様変わりするので、撮影当時のこの文字は
もう残っていないかもしれないが、
そのとき感じた何とも言えない文字の美しさに、
しばらくその場で見惚れていたことだけは今も記憶している。




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別の世界へ繋がるもうひとつの扉。
そういう扉があったらいいなと多くの人が
想像してきた。


ハリーポッターの駅構内の柱、ドラえもんのどこでもドア、
そして村上春樹氏の小説にも登場する異次元への入口。
それは肉体とは別の精神的な欲求の彷徨いかもしれない。

睡眠中に現れる夢の世界は意図したものとは無関係に出現するが、
それも現実の世界とは違う別のステージなのだろうか。


物心のついた頃から、人は死んだら何処へ行くのかと
考えることがよくあった。

死ぬということは普段の睡眠からずっと覚めずに、
そのまま眠った状態が続くことなのだろうか。
いや、身体の細胞が全て静止すると当然脳の動きも止まり、
電源が切れるようにそれまで脳に現れていた画面がプスっと
切れるということなのか。


生きている現在、回答は得られないままだが
いずれその時は訪れる。

出来れば現れてほしくない扉もある。





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「世界で一番美しい街はどこだい?」
王妃は並べられた銀器に問いかけた。

「はい、それは白雪姫の住むパリです。」


とでも言いたくなるような磨かれた銀器のディスプレイ。


いつも思ってしまうのは、こうした銀器は
その輝きを保つために美しく磨かれていることが大切だ。
それには維持してくれる使用人を雇えるひとが持つべき
品々ともいえる。


次に生まれてくるときには、果たしてこうした
銀器が自分の食卓にあるだろうか。

銀器に問いかけてみようか。




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もしあなたがパリへ行く機会があり
数時間の余裕があるのなら
Victor Hugo通りの「ボワシエ」を訪ねてみてほしい

1827年 Bélissaire Boissierによって
創業されたパティスリーメゾンである


伝統的な絵柄やテーマカラーであるシアンブルー
美しい化粧品のようなパッケージに入れられた
砂糖菓子やショコラそしてマロングラッセは
この店の歴史とともに愛され続けた逸品だ

季節に実った果実と無色透明な砂糖の結晶が
パティシエによって見事にアレンジされ
口の中で華やかなアンサンブルが響きわたる


数十グラムにこめられた甘い夢


そんなひとときの幸せも時には必要だ





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左右対称(シンメトリー)という魔力ともいえるバランスに
私たちはどれだけ翻弄されてきたのだろうか。

私たちを取り巻く自然界に左右対称のものなどあるだろうか。
一見対称的に見えるものも、正確には対称でないことが多い。

人は皆、左右対称に憧れ、そこから安定感を得ようとする。

しかし一方で不均衡であるが故に、それを修復しようとして
努力し何らかの力を発揮することもある。


5対5というバランスでなくていい。
それらが調和のとれた力で、全体のバランスがとれるなら
4対6や3対7でもいい。
ただどうしても不安と誘惑がつきまとい5対5に終着する。
そんな悩みに私たちは常に直面している。


左右対称の典型例は公共の建物だろう。
中でも宗教関連の建物は、そこに確固たる威厳や神聖な安堵感を求める
理由から殆どの建物がシンメトリーに設計されている。



美術作品でも左右対称のものを数多く見ることができるが、
意図して全てを対称にしていないことがある。


そこには「人が創るものの世界」から、
「創ることのできない自然の世界」へ到達する
入口があるような気がする。





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新聞紙の片隅に載っていた同姓同名のひと。
そこには確かに同じ名前が記されていた。

内容から直ぐに別人だとわかったが
一瞬の心の動揺がいつまでも消えなかった。


いま、何処で何をしているのか。
数十年前のあの頃が思い浮かぶ。

「あなたはいつもそう、もう少し周りを気にして歩けないの。」

よくそんなことを言われていた。

普段はジーンズ姿の彼女が、ふたりで映画を観たとき、
水色のワンピースを着ていたのを覚えている。


6月。 道端でムクゲの花が風に揺れていた。





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仏領ポリネシア
「タヒチ」と呼ばれるその島々へ
自分の求めるものと出会うため
ひとりの画家が旅立った

1891年のことである

ポール・ゴーギャン

志を共にした仲間たちとの別離
果てしない海との会話
椰子の木の間に思い浮かぶ故郷パリ
腕の中で眠るタヒチ女性の横顔
繰り返す波の音

それまでの苦悩は捨てきれたのか
これからの希望は見いだせたのか

どれほどの時間 自身と向き合ったのか
どれほどの時間 夢を浮かべただろうか


その答えが一枚の絵として残された
絵のタイトルは

「我々は何処から来たのか 我々は何者か 我々は何処へ行くのか」

画面には楽園に刻まれた刺青のように
象徴的な人物像とタイトルが記される


絵とともにこの世を去ろうとした画家
しかし画家にはその後も苦悩の道が与えられた


タヒチで描かれたゴーギャンの絵画
それは波のように
繰り返し今も私たちの胸に響く




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「香水はキスしてほしいところにつけるもの」
そう言ったのはガブリエル・シャネル。

この見えない装飾品に、あなたはどれだけ価値を
見いだせるだろうか。

一般的な1/2オンス (15ml)の香水で
ブランドにもよるが数万円という価格である。
決して安いとはいえない。


歴史をたどるとエジプト文明の昔から
香水は存在していたという。
用途は今とは違っていたはずだが、
古代から使われていたということが意味深い。

私たちが現在目にする、アルコールをベースにした香水は
ハンガリー王女エリザベートがはじめて作ったとされている。



香水を纏うという言葉にもあるように
それは女性が身につけるベールのようにも思える。

目に見えないベール。


紫陽花の咲く季節。
風が運んだ個性的な香りに偶然出逢えたら、
素敵かもしれない。




 【No.159】秘密  2018/05/23 (Wed)
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こころにしまい言葉にださない

そうしたほうがよいこともある

それがどうしても辛いときは

花にそっとうちあける

花はそのことを誰にも告げず

細い茎にしまいこむ

花が実をむすぶころには

風に運ばれ消えていく





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レイモン・ペイネといえばメルヘン。
その絵には愛に包まれた恋人たちが登場する。

とかく苦しい環境や不幸な出来事が絵の題材として
取り上げられやすいものだが、ペイネの絵には
それらを乗り越えた先にある「幸せ」が
軽いタッチで描かれている。

「自分たち夫妻が、ペイネの恋人たちのモデルである」
そう語ったペイネ。


1999年逝去。90歳という年月は、
彼にとって幸せなことばかりではなかったことだろう。


いつの日も悲惨なニュースを目にする度に
心を癒してくれるペイネの温かな眼差し。

それは天使のように偶然舞い降りる。




※Raymond Jean Peynet 1908年11月- 1999年1月)
フランスのイラストレーター、漫画家。




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何処へでも飛んでいける
カモメはそう思った

川沿いに続く遠い海辺
昨日いた船着場

何処へでも飛んでいける
いのちは自分のものだから


ただ忘れてはいけない

時折振り返ることを
羽が折れ飛べなくなる日のことを
休める場所など多くはないことを


あと20秒で飛び立とう
ここではない何処かへ





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deux chevaux.
かつてこれほどフランスらしい車があっただろうか。
それは1948年から42年もの間生産され続けたことこそ、
最も愛された証だろう。


第二次世界大戦、ナチス・ドイツの侵攻を受け
国土の北半分が占領地となったフランス。

開発途上だったこの車をナチスの手に渡さないため、
試作車は1台を残して破壊され、
工場の壁や地中に埋められたものもあったという。


歴史に翻弄されつつ1948年、
シトロエン2CVはパリのモーターショーで
発表されることになる。

発表当時の評価は聞くに耐えないほど悪評もあったらしいが、
70年が経った今、再評価をしていいほど印象的なデザインだ。



この車が開発された由縁は田舎の農業生活への適合だった。
開発条件のひとつで面白いのは
「おとな二人と50kgのジャガイモまたは樽を載せて走れること」
というのがある。

先日パリで懐かしいこの車にかなり大柄の老夫婦が乗っていたのを見かけた。
確かにその条件は満たしているように見えた。





 【No.155】Menu  2018/05/06 (Sun)
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それはこれから提供される料理のプロローグである


そこに記されているのは単なる品書きではない

素材のバランス、季節の共有、技の演出、
そして調理人の策略が披露される


この扉の向こう側で待ち受ける数時間の体験を
まずは想像して感じること


二皿目が頭に浮かんだら
扉に手をかける

デザートまで浮かべるのは野暮だ
誰しもフィナーレがどうなるかは考えたくない



さあ 演目はお楽しみいただけましたか





 【No.154】MÉTRE  2018/05/01 (Tue)
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1796年2月。時はフランス革命で混沌とした時代である。

パリ ヴォージラール通りの一角では役人と見られる紳士が、
集まった人々に声高く宣言し始めた。

「諸君、この場所に輝かしきフランスの栄光と世界共通の数学発展に寄与するため、本日メートルの標準器を設置する。」

その場に居合わせた人々は、はじめ不思議なものを見るように囲んでいたが、
しばらくすると、それぞれ標準器に手や腕をあわせては顔を見合わせた。

「これがメートルという長さなのですか」一人が声を上げた。

「そうだ、この場所のほかにパリ市内に16箇所これと同じものを設置する。
諸君はこれから、このメートルという単位を基準としてそれぞれの生活に
役立てるように。」

冷やかしながら話すひとの中には、この下に寝転んで長さを確認するものまでいた。




というのは作り話だが、たぶん似たような状況で
このメートル標準器が設置されたのではないだろうか。


普遍的な基準を作るため18世紀末にフランスでつくられたMÉTRE基準。
多くの人々はそれまで親しんだ基準を簡単に乗り換えられなかったため、
新しい基準を広めるためにパリ市内にはメートルの長さを示した原器が
設置された。


パリに現存するものは2箇所、もうひとつはヴァンドーム広場近くにあるが、
こちらは元の場所から移動されており、当時の設置場所のまま残っているのは
このヴォージラール通りに面したアーケードにあるものだけだ。



200年前に遡り、歴史の扉を開くのもわるくない。

「こいつがメートルって長さなんですか?」





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