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ホテルに滞在するか、誰かの住まいに招待されないかぎり、
パリで建物の内側にある中庭を見ることは難しい。

ここはHôtel de Brancasという、1710年からある建物の中庭。
当時のディテールがどれほど残っているのかは知る由もないが、
パリにあってこの落ち着いた緑の空間を得られているのは価値がある。

建物そのものには当然そこに住んだ人の考え方や嗜好が反映されがちだが、
「中庭」という存在は、それとは異なるあゆみを感じさせてくれる。


扉を開けて6つの石段を降りる。
数百年の間、どれだけのひとがこの中庭へ降り立ったのだろうか。

主人であった侯爵、その家族、使用人、そして招かれた客人たち。

改修される機会も少ない中庭には、
何かそこに長い時の空気が沈殿しているかのようだ。



古い樹木に話しかける。
しばらくすると微かに枝を揺らし彼は応えてくれた。

「 きみは何処から来たんだ。
もう何年も庭師以外とは話をしていないが、
この老いぼれの木に話しかけてくるとは珍しい客人だ。

ここにいると街の様子はわからないが、
ひとの悲しみや喜びは手に取るようにわかる。

今は平和なのかもしれないが、以前のような
喜怒哀楽はなくなってしまった。
ひとはもっと感情をさらけ出したほうがいい。

いまは振り返らず、前に進むことだ。
時がきたら、またいつかこの場所を訪ねるといい。
その時きみは老人になっているかもしれないが。 」


古い樹木はそう言って、手を振るかわりに
枝の間から心地よい風をおくってくれた。


中庭には、おとぎ話がよく似合う。






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2018年 モンパルナスタワーが見えるレンヌ通り。


一見ひと昔前と何も違っていないように見えるが、
店舗や街を歩く人たちの流れは随分と変わった気もする。


道端で煙草を吸っているひとも少なくなった。
思い返すとあちこちのカフェにあったTABACという文字。
いつのまにか何処かへ消えてしまった。
煙草のけむりも自由という枠から排除される、
パリもいまではそういう時代なのだろう。


ピカソ、モディリアーニ、フジタ、ザッキン、シャガールなど
数えきれない画家や彫刻家、芸術を志す人々が住んだモンパルナス。

彼等が集ったカフェや消えつつある面影。
この場所の古き良き時代に憧れるのは自分だけだろうか。


月日は静かに、そして確実に眼の前を通り過ぎていく。





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ポンピドゥーセンターに隣接した目立たない場所に小さな建物がある。
そしてそこには、ひとりの彫刻家がかつて使っていたアトリエが
再現されている。

彫刻家 コンスタンティン・ブランクーシ。
ルーマニア出身の20世紀を生きた彫刻家だ。

一切の虚飾を捨て去り、一体のフォルムに凝縮させた彫刻。
その研ぎ澄まされた感覚で刻まれた抽象作品は、
私たちに多くのメッセージを投げかけてくれる。


若き日の彼はロダン工房に一旦身をおくものの
「大樹の陰では何も育たない」という考えから、
すぐに独自の道を歩むことを選んだ。



ほんとうに現実的なものは、
事物の外から見えるかたちではなく、
そのなかにひそむ本質である。
この真理を出発点とするかぎり、
もはや事実の表面だけを真似ることで
現実を表現することなど、
誰にとっても不可能なことである。

-コンスタンティン・ブランクーシ-



もののなかにひそむ本質。

アトリエに残る数多くの作品には
その答えが散りばめられている。

そしてそれらの作品が放つ音階は、
いつまでも私たちの中に響き続ける。



※コンスタンティン・ブランクーシ
(Constantin Brâncuşi, 1876年2月19日 - 1957年3月16日)





 【No.177】Odéon  2018/09/21 (Fri)
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夕暮れのパリ オデオン座。

「オデオン座」というのは通称で
名称はOdéon Théâtre de l'Europeという。

1782年に竣工された際にはマリー・アントワネットが訪れ、
当時は「フランス座」と呼ばれていた。


その後、長い歴史の中でこの劇場は何度も名前を変えられた。

ただ駅名でも使われている「オデオン」という名前に
愛着を感じるのは自分だけではないと思う。

オデオンという名前は日本でも各地の劇場で使用され、
映画館として馴染みがあるひとも多いはずだ。



暮れなずむパリの街に、ほのかに灯をともすオデオン座。

やがて新しい時代となり、また新たな名前に変わろうとも、
この灯だけは絶えることがないように祈りたい。





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「お母さん、これテレビで見たことあるよ」
「でももっと大きくて、確かアメリカにあったと思うけど」

「そうだね、でもこっちが本物だよ」
「でかけりゃいいってもんじゃないんだよ」



訪れた親子が、そんな会話をしていたかどうかはわからない。
母親は何か諭すように子どもに話しかけていた。



-パリ リュクサンブール公園でのひとコマ-





※ニューヨークの「自由の女神像」は1886年、アメリカ合衆国の独立100周年を記念して
フランス人の募金によって贈呈された。
そのもととなったのが、フレデリック・オーギュスト・バルトルディ作のこの像である。




 【No.175】TOOTH PASTE  2018/08/31 (Fri)
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いつの頃からだろうか
海外で地元のスーパーに売っている
「練り歯磨き」を土産に買うようになった

土産といっても自宅用としてだが
これが結構楽しめる
わずかな期間
旅の延長気分に浸れるからだ

中身はそれほど変わらないが
パッケージにそれぞれ個性があり
国柄や表現の違いが見てとれる


ちなみに写真はイタリア製の練り歯磨き
知人からもらったものだが
その美しい外装デザインは
化粧品のような輝きを放っている

まだ未使用だが
中身はどんなテイストなのか
少しばかり期待がふくらむ


残念なのは消耗品の運命として
この練り歯磨きもすぐに無くなってしまうことだ

やがて無くなるものが放つAURA



また新たな逸品を求めて 旅に出ようか





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陶芸家 河井寛次郎 。
その半生、作品をここで紹介するつもりはない。
ただ彼の感じたこと、彼の考えたことを
彼自身の言葉で受けとってほしい。
そこにはものを創り出す
作家としての一念が感じとれる。



手考足思


私は木の中にいる石の中にいる 鉄や真鍮の中にもいる
人の中にもいる
一度も見た事のない私が沢山いる
始終こんな私は出してくれとせがむ
私はそれを掘り出したい 出してやりたい
私は今自分で作ろうが人が作ろうがそんな事はどうでもよい
新しかろうが古かろうが西で出来たものでも東で出来たものでも
そんな事はどうでもよい
すきなものの中には必ず私はいる
私は習慣から身をねじる 未だ見ぬ私が見たいから

私は私を形でしゃべる 土でしゃべる 火でしゃべる
木や石や鉄などでもしゃべる
形はじっとしている唄 飛んでいながらじっとしている鳥
そういう私をしゃべりたい
こんなおしゃべりがあなたに通ずるならば
それはそのままあなたのものだ
その時私はあなたに私の席をゆずる
あなたの中の私 私の中のあなた

私はどんなものの中にもいる
立ち止ってその声をきく
こんなものの中にもいたのか
あんなものの中にもいたのか

あなたは私のしたい事をしてくれた
あなたはあなたでありながら それでそのまま私であった
あなたのこさえたものを
私がしたと言ったならあなたは怒るかも知れぬ
でも私のしたい事をあなたではたされたのだから仕方がない

あなたは一体誰ですか
そういう私も誰でしょう
道ですれちがったあなたと私

あれはあれで あれ
これはこれで これ
言葉なんかはしぼりかす

あれは何ですか あれはあれです あなたのあれです
あれはこうだと言ったなら
それは私のものであなたのものではなくなる

過去が咲いている今
未来の蕾で一杯な今



「民藝」昭和38年12月号より引用




1966年、河井寛次郎は76歳でこの世を去った。
人間国宝にも推挙された彼はそれを受けることなく、
無位無冠の人としてその人生に幕をおろしている。



 【No.173】揺れる光  2018/08/14 (Tue)
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古来から画家は北の方角に窓があるアトリエを選んだ。
直接的ではなく、間接的で均一化された柔らかな光を
好んだからである。

それはカメラを手にする我々にも同じことがいえる。
直接被写体へ光を照らすのではなく、バウンスさせたり
光を拡散させることで光をコントロールし、
柔らかな光に近づきたいと模索する。



そんな私たちを嘲笑うかのように刻々と変わるのが自然光だ。

それはどの瞬間に出会うか、
どう捕えるかで作品に影響を与える。


揺れる光は今日も私たちに微笑んでいる。





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雨がやんだ日
その手に一通の手紙を握りしめ
娘はサンダルで駆けていった

父はそんな娘の姿を
近くで見ているしか出来なかった



それは昭和という時代の出来事

どの家にもそれぞれが抱えた
ドラマがあった



続く平成という時代も
もうすぐ終わりを告げようとしている


電車で向かい側に座っている全てのひとが
携帯電話を手にして静かに座っている
新聞紙を畳んで読みふける会社員はいない


これは幼い自分たちが夢見た光景なのだろうか

手紙がメールとなり
筆跡のない画面を見つめながら
私たちは何処へ向かおうとしているのか


未来を生きる
きみのその手には






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夏という鞄から

乾いた地面に落ちた蝉


きのうまで鳴いていたのか

きょうも鳴くはずだったのか


誰にも気づかれず

天を仰ぐきみに

Lullaby





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うわべのことだけつくろう

そういうことが嫌いだった

それでもながい年月のなか

それにもなにか意味があるような

そんなふうに思えてきた

いまでは紙のレースが

愛おしく感じられる





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いつの頃からだろうか
街のレストランやカフェで
オリーブをよく見かけるようになった

オリーブオイルが使われるイタリア料理店など
店先での雰囲気づくりに一役かっている



オリーブの写真は
そのまま撮ると葉の色が均一なため
どうしても画面が単調になる

白い背景に映し出される影は
淡いグレーが水面を描き出す


うつろな夏に
オリーブの影を追うひととき





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物語の始まりは自然なほうがいい
出来たらひとも登場しなくていい

音もかすかに聞こえる程度で
絹の雲が移ろう空

一夜が明け澄みきった空気に
常温の水のような感触の朝


そんな朝を描けたら
物語の始まりとして理想的だ





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この写真を撮ったのはいつ頃だったろうか。
確か20年くらい前だったと思う。

6×6フォーマットカメラにブローニーのモノクロフイルム、
当時は左側のポケットに未撮影のフイルム、
右側のポケットに撮影済みのフイルムをいれて、
カメラバッグの重さにもめげず街を歩きまわっていた。

12枚を区切りに、路地裏や日陰でひと息つく。
このフイルム交換作業は一見地味で面倒なようだが、
自分にとっては大切な儀式のような気がしていたのを覚えている。

デジタルの今になってもフイルムこそ使う機会は減ったが、
それほど状況は変わっていない。


話を写真にもどすと、
この左岸にあったレストランの店名表示を撮ったのは、
確か明け方から歩きまわって
かなり疲れていた時間だったと思う。

ガラスに反射した背景と浮き上がる店名。
今ではプリンターで出力したシート文字をよく使うが、
当然ながらこの文字は職人による手描き文字だ。


タイポグラフィは書体とレイアウトが
その創られた時代によって息づいている。

飲食店も様変わりするので、撮影当時のこの文字は
もう残っていないかもしれないが、
そのとき感じた何とも言えない文字の美しさに、
しばらくその場で見惚れていたことだけは今も記憶している。




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別の世界へ繋がるもうひとつの扉。
そういう扉があったらいいなと多くの人が
想像してきた。


ハリーポッターの駅構内の柱、ドラえもんのどこでもドア、
そして村上春樹氏の小説にも登場する異次元への入口。
それは肉体とは別の精神的な欲求の彷徨いかもしれない。

睡眠中に現れる夢の世界は意図したものとは無関係に出現するが、
それも現実の世界とは違う別のステージなのだろうか。


物心のついた頃から、人は死んだら何処へ行くのかと
考えることがよくあった。

死ぬということは普段の睡眠からずっと覚めずに、
そのまま眠った状態が続くことなのだろうか。
いや、身体の細胞が全て静止すると当然脳の動きも止まり、
電源が切れるようにそれまで脳に現れていた画面がプスっと
切れるということなのか。


生きている現在、回答は得られないままだが
いずれその時は訪れる。

出来れば現れてほしくない扉もある。





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「世界で一番美しい街はどこだい?」
王妃は並べられた銀器に問いかけた。

「はい、それは白雪姫の住むパリです。」


とでも言いたくなるような磨かれた銀器のディスプレイ。


いつも思ってしまうのは、こうした銀器は
その輝きを保つために美しく磨かれていることが大切だ。
それには維持してくれる使用人を雇えるひとが持つべき
品々ともいえる。


次に生まれてくるときには、果たしてこうした
銀器が自分の食卓にあるだろうか。

銀器に問いかけてみようか。




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もしあなたがパリへ行く機会があり
数時間の余裕があるのなら
Victor Hugo通りの「ボワシエ」を訪ねてみてほしい

1827年 Bélissaire Boissierによって
創業されたパティスリーメゾンである


伝統的な絵柄やテーマカラーであるシアンブルー
美しい化粧品のようなパッケージに入れられた
砂糖菓子やショコラそしてマロングラッセは
この店の歴史とともに愛され続けた逸品だ

季節に実った果実と無色透明な砂糖の結晶が
パティシエによって見事にアレンジされ
口の中で華やかなアンサンブルが響きわたる


数十グラムにこめられた甘い夢


そんなひとときの幸せも時には必要だ





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左右対称(シンメトリー)という魔力ともいえるバランスに
私たちはどれだけ翻弄されてきたのだろうか。

私たちを取り巻く自然界に左右対称のものなどあるだろうか。
一見対称的に見えるものも、正確には対称でないことが多い。

人は皆、左右対称に憧れ、そこから安定感を得ようとする。

しかし一方で不均衡であるが故に、それを修復しようとして
努力し何らかの力を発揮することもある。


5対5というバランスでなくていい。
それらが調和のとれた力で、全体のバランスがとれるなら
4対6や3対7でもいい。
ただどうしても不安と誘惑がつきまとい5対5に終着する。
そんな悩みに私たちは常に直面している。


左右対称の典型例は公共の建物だろう。
中でも宗教関連の建物は、そこに確固たる威厳や神聖な安堵感を求める
理由から殆どの建物がシンメトリーに設計されている。



美術作品でも左右対称のものを数多く見ることができるが、
意図して全てを対称にしていないことがある。


そこには「人が創るものの世界」から、
「創ることのできない自然の世界」へ到達する
入口があるような気がする。





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新聞紙の片隅に載っていた同姓同名のひと。
そこには確かに同じ名前が記されていた。

内容から直ぐに別人だとわかったが
一瞬の心の動揺がいつまでも消えなかった。


いま、何処で何をしているのか。
数十年前のあの頃が思い浮かぶ。

「あなたはいつもそう、もう少し周りを気にして歩けないの。」

よくそんなことを言われていた。

普段はジーンズ姿の彼女が、ふたりで映画を観たとき、
水色のワンピースを着ていたのを覚えている。


6月。 道端でムクゲの花が風に揺れていた。





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仏領ポリネシア
「タヒチ」と呼ばれるその島々へ
自分の求めるものと出会うため
ひとりの画家が旅立った

1891年のことである

ポール・ゴーギャン

志を共にした仲間たちとの別離
果てしない海との会話
椰子の木の間に思い浮かぶ故郷パリ
腕の中で眠るタヒチ女性の横顔
繰り返す波の音

それまでの苦悩は捨てきれたのか
これからの希望は見いだせたのか

どれほどの時間 自身と向き合ったのか
どれほどの時間 夢を浮かべただろうか


その答えが一枚の絵として残された
絵のタイトルは

「我々は何処から来たのか 我々は何者か 我々は何処へ行くのか」

画面には楽園に刻まれた刺青のように
象徴的な人物像とタイトルが記される


絵とともにこの世を去ろうとした画家
しかし画家にはその後も苦悩の道が与えられた


タヒチで描かれたゴーギャンの絵画
それは波のように
繰り返し今も私たちの胸に響く




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